自分を優しく抱き締めてあげてください
他人をもっと優しく抱き締めてあげてください
「ネコっちゃネコだが…こりゃ異能に操られたネコだな」
黒いボロ布の姿をしていたモノがカラスの姿に戻って言う。
「お前の実家はこの世の裏で活動する異能者とも繋がってるから、さしずめそういうのを雇ってお前に差し向けたんだろう」
カラスは羽繕いをしながら言った。
「…」
黒羽は息絶えたネコに手を伸ばそうとした。
「おっと、ソレには触らない方がいいぜ」
カラスに言われて、黒羽はぴたと手を止める。
「…周りに少なく見積もって十数体、コイツみたいなのがいる」
確実にお前を狙ってるぜ、とカラスは黒羽の肩に飛び移る。
「抜け道も塞がれて、逃げ場もない」
カラスは黒羽の耳元で囁いた。
「じゃあどうしたら…」
「どうしたらって、オレ様がなんとかしてやるよ‼︎」
そう言ってカラスは飛び立つ。
それと共にカラスの姿は大型犬の姿に変わった。
「ニ゛ャー‼︎」
直後に周囲の物陰からネコが飛びかかってくる。
「黒羽!お前は物陰にでも隠れてろ!」
大型犬に怒鳴られて、黒羽はうん、と近くの建物の陰に隠れようとする。
しかしその建物の陰からネコが飛び出してきた。
「ニ゛ャー‼︎」
「⁈」
黒羽は後ずさろうとして足元の小石につまずき、後ろに向かって倒れる。
「しまった!」
大型犬がそう叫ぶ声が聞こえたような気がしたが、黒羽の意識はすぐに遠のいた。
笑って、泣いて、喧嘩して、照れて、後悔して…
それって変わらない日常のようで特別な事。
いつか笑うこともできなくなるかもしれない。
もしかしたら感情すら無くなってしまうかもしれない。
だから…今ある感情を大切にしよう。
「よう、砂漠の。とりあえずこの状況どうにかしてくれ」
そいつに話しかけると、ようやく覚醒したようで急に慌て出した。
「え、ああ、ああッ⁉ 何だこの状況!」
「こっちが言いてえよ」
「とにかくその化け物どっかやってくれ!」
「ああうん」
駿竜を消し、砂漠の異能者の胸倉をつかむ。
「さあ、この砂漠をどうにかしろ。ここは温暖湿潤気候帯で今は真冬なんだよ」
言ってやると、そいつは目を泳がせながら答えた。
「い、いやな、実を言うと俺もよく分かってねえんだよ。この滅茶苦茶な力に目覚めたのが多分今日の朝、自覚したのはこの砂漠の中でも全く暑いなーとか日差し強っとか思わないなって思ったあたりからだから、今日の正午くらい。とりあえず家を出てみたら突然自分の周りに砂嵐が起きてさ、どうしようも無かったんだよ……」
「……なるほど、理解はできた。で、この状況、直せるのか、直せないのか」
「実を言うと……ちょっと厳しいかなって……」
「駿竜、来ませい」
あの怪獣を再び召喚し、砂漠の奴の首から上を口の中に収めさせる。別に噛みちぎらせようってわけじゃ無い。ただの脅しだ。
「……なあ怪獣。そいつ、もしかして異能の使い方に慣れていないんじゃあないのか?」
女王さまが話しかけてきた。
「ほら、今日発現したばっかりだって言っていたろう」
……そういえば。
「つーことはこの砂漠、このままになるのか」
「ああ……最悪なことに。本当に申し訳無いんだけど」
怪獣の口の中でそんな言い訳をするあたり、こいつ結構胆力あるな。
「……なァ怪獣。良い方法があるぞ?」
女王さまがいたずらっぽく後ろから声をかけてきた。
「何だ」
「怪獣、お前そいつを後見しろ」
「……はぁ?」
二つ前の、神が不在の時まで記録を遡ると、苦しみもがく自分がいた。
自分なのに、自分じゃないみたいだった。
今なら声をかけられる。
「痛かったね」
「苦しかったね」
あの時は本当に“そこ”にいたのかもしれない。
でもよかったね。
あの時、部屋の外にあの子がいて。
“みんな”とは、【みんな】ではない。
学校行事が終わった後、クラスで中心者をしていた子は言った。
「支えてくれたクラスのみんなのおかげです。ありがとうございました。」
その子が言う“みんな”に、私はいつも違和感を感じていた。
私はその子と仲がいい訳ではなかったし、なんならほとんど会話をしたことがなかった。会話をほとんどしてもいないのに、“支えた”というのは、可笑しい話じゃないか。
そう。たぶん、私は入っていなかった。
数年後、私は部活で中心者となり、“みんな”という言葉を使っていた。そして気がついた。
“みんな”と言いながら、私が頭の中に思い浮かべたのは、いつも接しているほんの数人だけだった。
“みんな”とは、【みんな】ではない。
全員を包括しているように見えて、そこには見えない壁が存在している。その壁は透明で、その存在に気づかなければ“みんな”という言葉を素直に喜べる。もちろん、気づかない人を馬鹿にしているつもりはない。ただ、その事実に気づいてほんの少し傷ついた私がここにいる。
私はこれからあと何回、素直に受け取れる“みんな”に出会えるのだろうか。
どんなに誰かの笑顔を壊しても
どんなに誰かを傷つけても
どんなに誰かの傷を抉っても
どんなに誰かを貶めても
どんなに誰かを否定してでも
その腐った笑顔で溶けるように、笑って。
人を傷つける覚悟がなくて
人に傷つけられる覚悟もない
いつになったら人の眼に映ることを恐れないのか
不安を謳うだけの自分に呆れてる