Metronome
かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、と鳴る、一定のテンポの中を私たちは走らなければならない。たとえそれが孤独なものでも、君と二人だったとしても、胸の痛みも高鳴りも抑えて、ただ彼の鳴るがままに合わせて、無機質な枠に収まらなければならない。
それでも私はたまにつんのめる、そして転びそうになる、それをぶっきらぼうに引っ張って支えてくれるのは君だ。宙ぶらりんになってはじめて、私は自分のずれに気づく。
「あれー、キープできてたつもりやってんけど」
『どこがやねん』
そんな些細な会話すらも、メトロノームは切っていく、まるでそれが夢であるかのように、跡形もなく。
メトロノームに区切られた時間の欠片を溢さないように、今日の練習での思い出を全部大切にして、ひそかに心に片付ける。
そんな風に、私と音楽との時間は色づいていくのだった。
「おい、おい!」
お前大丈夫か⁈と誰かの声が耳元で聞こえる。
ハッと目を覚ますと、カラスが黒羽の顔を覗き込んでいた。
「あーよかったー」
てっきり死んじまったかと思ったぜ、とカラスは言う。
「ぼくは死なないよ」
黒羽はムクッと起き上がりながら呟く。
「君の異能のお陰で傷の治りが早くなったからね」
黒羽がそう言うと、ああそうだったなとカラスは笑った。
「…それで、“あいつら”はどうなったの?」
黒羽が尋ねると、カラスはそうだな、と答える。
「アイツらは全部オレ様が倒したぜ」
この通り、とカラスは黒羽の肩に飛び乗る。
黒羽が辺りを見回すと、あちこちに黒ネコの亡骸が転がっていた。
「まぁ今回は数が少なめだったからすぐ片付いてよかったよ」
もっといたら大変だったぜ、とカラスは笑う。
「さ、そんな所に座り込んでないで立てよ」
今日はもう帰ろうぜ、とカラスが促す。
そうだね、と黒羽は立ち上がった。
その時だった。
「ニ゛ャーッ」
鳴き声が聞こえたので振り向くと、黒いネコが1匹襲いかかってくる。
咄嗟に黒羽は避けたが、手を引っかかれてしまった。
「やべぇ‼︎」
カラスがそう叫んで飛び上がる。
ネコはサッと方向転換してこちらに飛びかかってきた。
「!」
黒羽は思わず飛び込んできたネコを捕まえた。
「おい!」
お前何やって…と塀の上でカラスは言いかけたが、黒羽は気にせず黒ネコをがっちりと掴む。
踏みつけて 君の町へ 灰色の天気
風は3月から吹いてくる
呼び捨ての タイミング 逃している
君の指先で 目尻拭われたい
コンクリート アンセムくちずさむ
君に会えるのに 少しこわいまま
踏みつけて 君のとこへ 勝ち誇る温度
風は2月から吹き返す
死ぬ気なのはわかったけど
どこでどう死ぬ気なのか…
分からないこの状況がもどかしい。
「何かないのか?」
一瞬抵抗はあったが俺は部屋を漁った。
「何か…早くしないと…あいつは…」
なぜこんなに焦っているのかは分からない。
小学校の卒アル…
そうだ!ここになら何かあいつの過去について分かるものがあるかもしれない!
さすがにいじめの実態までは載ってないだろうけどこの体でなら多少は感じ取れる自信があった。
卒アルのページを捲る手が震える。
そこにあったのは驚きの事実が載っていた。
「嘘だろ…これが喪黒闇子…?」
そこに喪黒闇子として集合写真の隅に載っていたのは見たことのない人物の顔だった。
しかも…既に亡くなったとされている。
急いで見たことのある顔、正しくは今の自分の顔を探すと、その顔には大橋光という名が書かれていた。
「まさか…この時にも…体を入れ替えていたのか…」
恐る恐る、卒アうルに書いてあった喪黒闇子の亡くなった日付でその事件を検索してみた。
《小6女子児童2人飛び降り、いじめが原因か》
そんな見出しの新聞記事が表示される。
「これか…でもなんで2人…?」
そんな疑問も詳細を読んで納得した。
どうやらこの体の本来の主は世に言う優等生。息をあげて屋上に向かう様子を同級生が目撃していたことや、喪黒闇子に関する目撃証言が付近の時間にないことから、喪黒闇子が自殺しようとしたのを止めようとしたが、なにかのはずみで落下してしまったと考えられている。
ここに矛盾はない。むしろ喪黒闇子のイメージとしてもしっくりくるほどだ。
気になるのはその自殺の動機として挙げられているいじめの内容が予想と違っていたこと。
彼女を襲ったのは想像より残酷な…そして理不尽な犯罪だった。
to be continued…
列車内には私以外にも、10人か20人くらいの傷痍軍人が乗っているようだった。そこに幼い少年と父親が今日も乗ってきた。少年は綿入れで、父親は国民服姿だった。2人はリュックを背負っていた。そうやって、1週間に1度乗ってくる。
それから2人は決まって、リュックからいっぱいに詰めた餅を取り出して1つずつ乗客に配っていく。あの親子も生活は楽ではないだろうに、毎週。何だか嬉しそうでもあった。
前の人から順々に配っていって、私のところにもやってきた。
「どうぞ」
少年が餅を差し出した。私は相当酷い顔になってしまって、子供からすれば恐ろしいだろうに、彼は物怖じしなかった。
「私は……怖くないか?」
「こわくないよ」
「酷い顔だろう」
「いたそう。でも、お母ちゃんとみっちゃんはもっとかわいそうだったの。こわくないよ」
「そうかい」
「うん。じゃあね」
屈託のない笑顔を見せて次の列に行こうと身体を向きなおした。そこに私は「少年」と声を掛けた。
「なあに?」
「ええと、その、餅、ありがとう」
「うん」
「これ、売ればいいじゃないか」
「いいの。おとうふとか、おさかなとか売ってるから」
「何で売らないんだ」
「かうのはたいへんってぼく、ちゃんと知ってるからね」
得意気に言って、もう他の人に配りに行ってしまった。
買うのは大変。確かにそうだ。でも、それをひとに言って自分のものを分け与えられる者など、今の時代にいくらいようか。彼らも貧しい思いをしてきたろう。今だってきっとそうだ。働けなくなった我々に見返りは望めない。それは明々白々であるというのに。与えないことは悪ではないのに。物乞いに施さなかったところで誰も責めやしない。皆苦しんでいるからだ。なのに、あの親子は何と無垢なのか。
あの親子の純粋な笑顔を見ると、涙が溢れて仕方がなかった。
終