ナツィたちがホムンクルスと接触してから暫く。
グレートヒェンは山の中を走っていた。
小屋の周辺にいた魔術師たちにホムンクルスが出たことを知らせつつ、彼女はヨハンとメフィを探していた。
と言うのも、ヨハンとメフィが見つからないのだ。
あの2人は並の魔術師より強いため、グレートヒェンはそこまで心配していなかった。
しかし、それでもあの2人が見つからないと心配になるものだ。
彼女は小屋の周囲を走り回りながら、ヨハンとメフィを捜索していた。
「…どこ行ったのかしら」
あの2人、とグレートヒェンは立ち止まって呟く。
彼女は辺りを見回してみるが、周囲は青々とした木々が生えているだけだ。
「…」
グレートヒェンはまた駆け出そうとするが、ふと近くで小枝の折れる音が聞こえた。
「?」
音がする方を見た時、グレートヒェンは背後から突き倒された。
グレートヒェンはそのまま、斜面を転がり落ちていった。
メタルヴマに似つかわしくない、煤けた無地のシャツ1枚のみを身に纏った幼い少女のような姿のそれは、今日も虚空に手を伸ばし、無意味な呻き声をあげていた。
「クリスチャン! クリスチャンどこー! おーいクリスチャン!」
「あぇ?」
呼び声に反応し、そちらに顔を向ける。両の眼球を抉り出されたメタルヴマが一人、見えない目できょろきょろと周囲を探りながら少しずつ近付いてきているのが見えたので、後頭部からひび割れ中ほどから折れた水晶柱を生やした少女のようなメタルヴマ、クリスタルは、手を振って呼び返した。
「ねこちゃん!」
「あ! よっしゃ聞こえた!」
猫耳風の突起が付いたキャスケット帽を被った盲目のメタルヴマはクリスタルに駆け寄り、額に輝くクリソベリル・キャッツアイの核でクリスチャンの顔を覗き込んだ。勿論その鉱石の目に、クリスタルの顔を確かめられるような視力は具わっていないのだが。
「ネコメちゃんが今日も来てやったぜークリスチャン。いつ殺されるかとビクビクしながら来てるんだ。感謝しろよー?」
「んー」
クリスタルの隣に腰を下ろし、ネコメも同じように空中に手を伸ばし始める。
「この辺? この辺で合ってる? 自分がどう動いてるのか目視できないのがキツイのよ」
「ぁんー」
クリスタルは曖昧に答え、虚空に透明な壁でもあるかのように両手で叩くような動作を始めた。
山手線で2番目に古い西日暮里,撮り鉄必見の車両基地最寄りの田端,ソメイヨシノ発祥の地駒込,とげ抜き地蔵や「お婆ちゃんの原宿」の異名を持つ巣鴨,荒川線は乗り換えの大塚を過ぎていよいよ池袋に着いた。
嫁が袖をクイっと引っ張って上目遣いになりながら「確か,池袋って『東西武で西東武』って呼ばれてたよね?でも,アレってなんでなの?」と訊いてきたので「東武の東上線は元々東京と上州,つまり群馬県を結ぶ前提で作られたんだ。でも,群馬県方面に行くなら方向は北西が便利だから西側,途中の埼玉県の区間で計画が立ち消え,その後その路線の鉄道会社が東武鉄道と合併して消え、一方の武蔵野鉄道は起点駅を需要が高そうな市街地のある巣鴨にするつもりが頓挫して何も無い池袋に駅を設置することになった。そしたら,路線の方向的に東口に線路を敷いた方が良くてそのまま線路を敷いたらその後運営してた会社が西武鉄道と合併して結果的に東口に西武が来て西が東武になっただけのことさ」と説明すると「やっぱり,東京って複雑やね。分からないことだらけや」と言って嫁が笑うので「まぁ,難しいよなぁ…地元の俺でもたまに分かんなくなることあっから」と返して深呼吸する。
そして一言,「楽しい時間ってのはあっという間だな」と呟く。
それもそのはずで,もう地元で5本の指に入る目抜き通りの一つ,大久保通りを跨ぐ橋を渡り,左には新大久保のコリアタウンが見えている。
更に2本ある大通りをそれぞれ跨ぐ橋を渡る度に幼い日の思い出がハッキリと浮かび上がり、新宿駅に着いた瞬間地元に帰って来た実感が湧いてホッとして「兎追いしかの山小鮒釣りしかの川」と口ずさむと嫁も何か察したのか「帰ってきたね」と言ってくれた。
それに俺も反応して「そうさ。愛しのふるさと,新宿区の玄関口にやっと帰って来たんだ。」
それからは中央・総武線に乗り換えて地元,市ヶ谷を目指す。
幼少期や高校1年の頃によく電車を見に来た踏切の最寄駅の代々木,夏休みによく利用したプールのあるアリーナ併設の元五輪会場・東京体育館のある千駄ヶ谷,生まれて初めて自転車に乗り、その後もよくサイクリングで訪れた神宮外苑の最寄駅の一つであり実家の近くを貫く通りと交差する場所でもある信濃町まで来た。
もうあと5分ほどでこの鉄道旅も終了だ。
物で散らかった一室に敷かれた布団の上に、青緑色の髪のコドモが寝ている。
よく見るとその額には青緑色の鉱石が生えていた。
「…」
「あ、起きた」
青緑色の髪のコドモが目を覚ますと、近くのイスに座る額に赤い鉱石の生えた赤い髪のコドモが呟いた。
その傍には青い鉱石の生えた青髪のコドモがイスに寄りかかっている。
「やぁ、寝覚めはいかがかね?」
赤い髪のコドモはそう尋ねる。
「…ここ、どこです?」
青緑色の髪のコドモが聞くと、赤髪のコドモがハハハと笑う。
「ここはあたしたちの家さ」
ちょっと散らかってるけど気にしないでね、と赤髪のコドモは続けた。
「…君、その辺の道端で行き倒れてたんだよ」
そこをウチの“サファイア”が見つけてあたしが拾ってやったんだよーと赤髪のコドモは傍の青髪のコドモを親指でさし示しながら言う。
「…はぁ」
青緑色の髪のコドモは状況が飲み込めずにポカンとする。
「で、こっちも聞くけど君は誰だい?」
ちなみにあたしは“ルビー”、と赤髪のコドモは膝に肘をつく。
「“コランダム”一族のリーダーさ」
そう言って、“ルビー”はにやりとした。
暫くの間、青緑色の髪のコドモは考え込んでいたが、ふとこう呟いた。
「…ない」
「は?」
ルビーが思わず聞き返すと、青緑色の髪のコドモは顔を上げた。
「名前、ないと思います」
そう淡々と告げるコドモを前に、ルビーは唖然とする。
いつしか言葉が離れていって
いつしか声が出せなくなった
大人になって
大人のフリして
作り笑いで身を守ってる
そうして自分を犠牲にしても
世界はどうせ変わらないから
ならばここで叫んでみろよ。
君の希望を、絶望を。
さぁ、