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ハブ ア ウィル ―異能力者たち― 17.ヨウコ ⑨

稲荷さんに手を引かれて約30分。
わたし達はバスに乗った後、市の中心部から大分離れた所を歩いていた。
住宅地と言えば住宅地だが、古い建物がかなり目立つし、所々小さな畑も見える。
寿々谷駅前に比べればかなり田舎だった。
「…稲荷さん、一体どこに向かっているんですか?」
「ふふふ、秘密~」
さっきから何度も繰り返している会話を繰り返しつつわたし達が歩いていると、不意に稲荷さんが立ち止まった。
「?」
彼女が目を向けた方を見ると、そこそこ立派な日本家屋が建っていた。
「ここは…」
「日暮邸よ」
わたしの言葉を遮るように稲荷さんは呟く。
「…え?」
「この辺りで1番大きい家だから、”邸”って呼ばれてるの」
稲荷さんはそう説明するが、いやそうじゃなくてとわたしは突っ込む。
「”日暮”って事は…ここ、師郎ン家?」
わたしはそう尋ねるが、稲荷さんは気にせず一軒家の敷地内に入った。
そして家のインターホンを押した。

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汐風レコード

否定、否定、否定。
否定、そして、また否定。
今さら飲んでたコーヒーが
微糖だったって気づいたわ
意味もなく意味ありげに海を見て
疲れたら帰る現実の終点
うず潮、トンビ、観覧車
そっとレコードの針を落とす
肯定のメロディーが聴こえてくる

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Metallevma:ネコメとクリスの小さな宇宙~眠る雷神~ その⑤

社の内部は薄暗く、道具や依代の類すら存在しない、がらんとした寂しいものだった。
「クリスチャン、何か見える?」
「んーんー」
「そっかー……でもさァ、絶対何かあるんだよね。ボクの『眼』はビンビン反応してるんだもの」
「ほぇぁ」
2人は壁や床を叩きながら探索を続ける。数分ほど続けていると、不意に室内に低くしわがれた、まるで渇き死ぬ直前のような、それでいて異様な生命力を感じさせる声が響き渡った。
『おい、誰か居るんか。ガーデンの奴じゃァないよな? ちょいと下りてきて、儂を出しちゃァくれねえかイ』
「わぁ誰。これが正体かな」
ネコメの言葉に、声が反応を返す。
『おお、ヴマが居るじゃあねェか。儂の言う通りにせえな。まず、床の中央辺りを探れ、木の節が穴になって有るはずだ』
「ねこちゃんねこちゃん」
床に座り込んだクリスタルに呼ばれてネコメが床に伏せると、クリスタルがネコメの手を引き、床に開いた小さな穴に宛がった。
『見つけたか? 見つけたよなァ? そこに指でも突っ込んで、力いっぱい引け。板がずれる筈だ』
「あいあい。そォー……れえっ!」
ネコメが従うと、床板の1枚が僅かに動いた。板に手をかけて慎重にずらすと、板1枚分、小柄なネコメやクリスタル程度であれば辛うじて通り抜けられそうな隙間ができた。
『通れるなら抜けて来ぃ。ちと天井が低かろうが、直に楽になる』
「なるほどね? クリスチャン、先導してくれる?」
「ん」
まずクリスタルが床板の隙間に足から潜り込み、続いてネコメが頭から滑り込む。
子ども程度の背丈の二人でも四つん這いにならなければ進めないほど低くなった床下の暗闇を、クリスタルが時おり声をかけ先導しながら、二人は社の面積から大きく外れるほどの距離を進み続け凡そ1時間。不意に天井が高くなり、周囲が明るくなった。
「何だイ、こんなガキ共だったのかい」
社の中に響いていたのと同じ声が、今度は直接的に二人の耳に届いた。
2人が立ち上がり、正面を見やると、目の前の座敷牢のような狭い空間の奥に、ぼさぼさの銀髪を地面に垂れるほど伸ばし、ひどく汚れ破れた着流しの和装に身を包んだメタルヴマが座っていた。

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Metallevma:ネコメとクリスの小さな宇宙~眠る雷神~ その④

「そっかー残念」
無感情に呟き、ネコメはクリスタルに目をやる。
「クリスチャン」
「んっ、んぅー……りゃっ!」
ネコメに声を掛けられ、クリスタルは軽く頷いた後、大きく勢いをつけて重心を後方に移動させた。無抵抗のネコメの身体もそれに釣られて、仰向けに地面に倒れ込む。
クリスタルの後頭部に生える欠けた水晶柱が地面に衝突すると同時に、地面に板ガラスが割れた痕のような罅と穴が生じ、2人の身体はその中へ吸い込まれていった。
「…………⁉ 馬鹿な、何が起きたッ⁉」
ガーデン・クォーツも穴に駆け寄るが、中に見えるのは禍々しく淀んだ虚空のみで、二人の姿は既にどこにも見えない。
不意に気配を感じ、ガーデン・クォーツは咄嗟に頭を上げ、庭園に建つ社の方に目をやった。
そこには、並んで社を観察するネコメとクリスタルの姿があった。
「おい馬鹿共、そこを離れろ! 冗談抜きに死ぬぞッ!」
慌てて二人を呼び戻そうとするが、二人はガーデン・クォーツに対して手を振るばかりで、従う気配が全く見られない。
「クソ、馬鹿共が……ワタシはもう知らん! 精々死なんでくれよ!」
ガーデン・クォーツの捨て台詞に親指を立て、ネコメとクリスタルは社の戸を開け、内部に侵入してしまった。