「…」
暫くの間その場に微妙な沈黙が流れたが、やがて耐えられなくなったかすみが手を叩く。
「あ、もうすぐ開店の時間だ!」
そろそろ行かなきゃ!とかすみはわざとらしく言う。
「じゃ、また後でね」
そう言って、かすみはそそくさと物置を後にした。
「…」
またその場に沈黙が流れたが、ナツィが手に持つ大鎌を消してこうこぼす。
「お前、かすみの知り合いじゃないだろ」
ナツィの言葉にエマはふふふと笑う。
「あら、勘がいいわね」
ナハツェーラー、とエマは顔から笑みを消す。
ナツィは別に、と目を逸らす。
「何年生きてると思ってんだ」
お前のことだって、知ってて当然だぞとナツィは再度エマに目を向ける。
「そうねぇ」
わたし、有名人だもんねぇとエマは笑う。
「有名人て」
ふざけてんのか、この…とナツィが言いかけた所で、ガチャと物置の扉がまた開く。
2人が扉の方を見ると、ナツィにとっては馴染みのある3人組が立っていた。
「すごかったじゃない、新人くん。この調子なら、私なんかいなくても十分やっていけると思うよ」
勝利を収めて呆然としている新人くんの背中に声を掛ける。
「あ、ぬぼ子さん。いえそんなこと無いです。ぬぼ子さんが後ろ盾になってくれたおかげで、安心して戦えたので」
「けど君、すごいねぇ。動物描くの上手いし、あのうさぎさんなんか勝手に動いてくれたよ?」
「え、何それ知らない……あのウサギ、何したんです?」
「あの芸術家さんについて行くように言ったらその通りにしてくれたよ」
「へー……。と、取り敢えず」
新人くんがガラスペンを軽く振ると、馬やサイたちは消えてしまった。きっとうさぎさんも消えたんだろう。
「今日はついて来てくれて、本っ当にありがとうございました!」
新人くんが頭を下げてきた。
「良いよ。また何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね? 夕方以降と土日は大体空いてるからさ」
「はい、また機会がありましたら、ご指導よろしくお願いします!」
「うん。それじゃ、私はのんびり歩いて本部に戻るから、じゃーね」
新人くんに向けてひらひらと手を振りながら別れの挨拶をして、眠気を思い出しつつあった身体を引きずりながら本部の私の休憩室を目指した。
呪術師の男性がサユリにも声を掛けようとすると、彼女は既にそれまでいた場所から離れており、肩掛けベルト付のボックスを男性に対して差し出していた。
「はい、マスター」
「え、ああ、ありがとうサユリ。助かるよ」
「気にしないで、マスターはただの人間だからわたし達が助けないと無能のクソ雑魚ナメクジだから……」
「あっはい」
机上の籠から封人形を十数個ボックスに放り込み、男性はボックスを肩にかけ扉に向かった。
「じゃあ、行こうか」
「「「了解」」」
3人の答えを背に、男性は部屋を出て、そのまま街へと繰り出した。
呪術師の男性を中心に、3mほど前方にプラスチック製のバットを肩に担いだイユ、隣にサユリ、2mほど後方に通信端末を手にしたソラがついていく形で一行は街を見回っていた。
(はぁ……めんどくさ……。いやたしかに戦闘能力でいえば私が1番弱いよ? だからって電話番任せるとかさぁ…………我らが主さまはさぁ…………あ、良いこと思いついた)
ソラは能力を発動し、自身の周囲に微弱な電磁波を流した。
(はーいジャミングかんりょー。これでもう電波が悪いので連絡つながりませーんざーんねーんでぇしたぁー)
内心だけでほくそ笑み、ソラは空中を漂う電波から電脳世界の情報を閲覧し始めた。
「……あ」
「どうかした、ソラ?」
小さく呟いた声に、呪術師の男性が立ち止まり、振り返って尋ねた。
「主さま、近くに通り魔が出たそうです」
「具体的な位置は」
「進行方向から右に2ブロック、前方3ブロック」
「分かった。みんな、少し走るよ」
カサカサだ
なぜかは、恋をしていないから
恋をしていたら肌がカサカサしないから
潤いは雨の雫
雨に恋してるのかな
「⁈」
アモンは思わず駆け寄ろうとするが、すぐにサタンはむくりと起きた。
「…?」
あれ、わたしなんでこんな所に…?とその堕天使は首を傾げる。アモンは何か話しかけようか迷っていたが、不意に上空から声が聞こえた。
「あ‼︎」
ぼすぅー!と金髪の天使が舞い降りてくる。ぼすと呼ばれた堕天使はべべ、と呼びかける。
「急に走り出したから探しましたよ〜」
「え、そうだったの?」
2人は暫くそう話していたが、ふとべべがこちらを見ているアモンの存在に気付いて目を向ける。
「…この人は?」
「え」
堕天使はポカンとした様子でアモンを見る。
「…誰だろ」
堕天使は思わず呟くと、べべはえええと驚く。
「知らない人って」
「いやわたしだって気付いたらこんな所で倒れてたんだから」
よく分かんないよと堕天使は言う。
「…とにかく、家に帰りましょう」
べべがそう言うと、あ、うんと堕天使は立ち上がる。そのまま2人はアモンの前から去っていった。
「…」
アモンは去っていった2人の後ろ姿を見送る。
「また、会えるかな」
誰に言うまでもなく、アモンは呟いた。
〈おわり〉