「⁈」
少女たちは思わず身構えるが、そこへ赤い大鎌が飛んできて怪物の頭部に突き刺さる。怪物は悲鳴を上げて地上に落下した。
「今のって!」
水色の髪の少女がそう言った時、ごっきげんよ〜!と明るい少女の声が聞こえた。
パッと少女たちが振り向くと、華やかな長い赤髪の少女が彼女たちの方へスキップしながら近寄ってきていた。
「“地上の魔女”の皆さん」
危なかったわね、と赤髪の少女ことスカーレットは笑いかける。
「…“地上の魔女”って」
大勢いる私鉄の魔女たちと一緒にしないでくれる?とウグイス色の髪の少女は真顔で言う。
「そうねぇ」
アタシたちは由緒正しき“JRの魔女”、だもんねぇと丈の短いズボンを履いたオレンジ色の髪の背の高い少女はスカーレットに近付く。
「あなたたちだって、“地下の魔女”の一言でひとまとめにはされたくないでしょう?」
スカーレット、とオレンジ色の髪の少女は赤髪の少女の顔を覗き込む。
「あーら、“バーミリオン”」
相変わらずねぇと赤髪の少女ことスカーレットは笑顔を作る。
「はいそこケンカしないー」
2人が睨み合う中、スカーレットの後ろから手を叩く音が聞こえる。スカーレットたちが音のする方を見ると、空色の髪の少女が歩いてきていた。その後ろには銀髪の少女と緑髪の少女が続く。
「あらスカイ」
別にあたしたちはケンカなんてしてないわよ?とスカーレットは手で口元を隠す。
「…急に飛び出してったと思ったら、他の魔女の戦いに手を出してたのかよ」
銀髪の少女ことシルバーが呆れたように言うと、スカーレットは悪い?と首を傾げる。
「あたしは同族が見捨てられないだけよ」
誰かが困っていたら助けに行く、それくらい当然のこととスカーレットは胸に手を当てる。シルバーはなんだよとそっぽを向いた。
「地下の魔女たちはみんな仲がいいんだね」
ふと水色の髪の少女はそう呟く。
「わたしたちなんて人数が多いからゴタゴタが多くてさ」
羨まし…と水色の髪の少女が言いかけると、スカーレットは少しだけ顔を曇らせた。
「え?」
「言動から推察するに、お主の言う『父』は、お主をこの様な目に合わせた男でありんしょう。なのに、帰らなければ、などと、何故思いんすか。」
.....言われてしまうと、よくわからなくなった。
そもそも、「帰らなくては」と思っていても、何処へ帰ろうとしているのか、誰の下へ帰ろうとしているのか、さっぱりわからない。
先刻はお義父さんのところ、と言ったが、自分には、実の両親はおろか、義理の家族すら居ない。
とりあえず、その旨を伝えると、紅さんは驚いた顔をした。
「そんな...まさか。寝言であれ程、帰る、帰らなくては、と繰り返していたのに?不思議な事もありんすねぇ...」
「そう、なの?」
紅さんは大きく頷いて続けた。
「『お義父さん達のところに帰らなきゃ』と、しきりに呟いておりんした。」
本当に不思議でありんすね、と紅さんは首を傾げた。
私も、もげるくらいに首を傾げたいところだった。
紅さんも訳がわからないだろうが、自分もさっぱりなのだ。
「ナツィ! かすみ!」
金髪のコドモは笑顔で2人に駆け寄るが、ナツィはうっ、キヲン…と気まずそうな顔をした。
「何してるの?」
でーと⁇と金髪のコドモことキヲンは首を傾げる。
ナツィはい、いや違…と恥ずかしそうな顔をした。
「そ、そういうお前こそ、何してんだよ」
どこかに遊びに行くのか?とナツィが尋ねると、キヲンはうん!と大きく頷く。
「この後“学会”のち…」
キヲンがそう言いかけた時、背後からバッと紅色の髪のコドモがキヲンの口を塞ぐ。
キヲンはもごもごもごと声にならない声を上げた。
「ご、ごめんなさい、クロミスたち、急がなきゃいけないから…」
ほら、行こと水色の髪のコドモは緑髪のコドモと紅色の髪のコドモを促すと、キヲンを連れてそのままナツィとかすみの傍を通り過ぎていった。
ナツィとかすみはポカンとした様子で4人を見届ける。
「なんだったんだろうね」
かすみがナツィに目を向けると、ナツィは少し考え込むように俯いていた。
「ナツィ?」
かすみがナツィの顔を覗き込むと、ナツィはちらとかすみの方を見る。
「…ちょっと、ピスケスん所行って来る」
かすみはえ?と驚く。
「ピスケスの所って」
かすみはそう言いかけるが、ナツィはスタスタとかすみを置いて歩いていく。
「あーちょっと待ってよ〜」
かすみは慌ててナツィの後を追った。
〈ブラックマーケット〉のとある夜。元より陽光は〈地表面〉に遮られ、昼夜の区別など殆どつかないこのエリアでは、クォーツ時計と体内時計だけが日時を示す。
下品なネオンライトの輝く路地を遠くに眺めながら、男は『学校』を囲む塀――もはや『城壁』と呼ぶべき規模のそれ――その上、半ば私室化した空間でアルコールバーナーを操作していた。
「………………」
青白い火を眺めていた男はふと、塀の下、『学校』敷地内に視線を送る。
闇に紛れるように黒色の布地に身を包んだ小柄な影が、前庭を駆け抜けようとしている。
「……はァ。クソガキがよォ…………」
男は溜息を吐きながらアルミ・ケトルを火にかけ、わざとらしく物音を立てた。それに気付き、影がびくりと身じろぎして足を止める。
「よォ。夜更かしか? ガキは寝てるべき時間だろうが」
影は答える事無くじっとしていたが、不意に布の下から腕を突き出し、男に向けた。男が合金製のライオット・シールドを引き寄せるのとほぼ同時に乾いた破裂音が響き、男の構えた盾に何かが高速でぶつかる。
「……なるほどなァ…………。『武器庫』から火薬銃が1丁無くなってると思ったら、お前か。どうせなら熱線銃の方パクっときゃ良いものをよォ。ま、隠し持つならそっちだよな」
軽く笑いながら、男は『武器庫』と呼んでいる木箱から目的の道具を手探りで取り出し、地面に向けて放り投げ始めた。
目的の品を出し尽くした後は、ライオット・シールドも地面に放り、自身も飛び降りる。一連の動きを、影は身動きできずに眺めていた。
「さァて…………と」
着地の衝撃を殺すために大きく曲げていた膝と腰を伸ばしながら、男は口を開く。
「よォ、不良のクソガキが」
「…………ミネ、先生」
影が羽織っていた黒色の布を解き、地面に投げる。その下から現れたのは、まだ幼さの残る少年だった。
重要なのは、『有用な道具か』ではない。『道具が己の意思によって成長を試みれるか』だ。
競合の起きない『無能』で成果を得るためには、『有用な道具』を生み出すだけの余所のやり方で通用するわけも無い。
『意志の力』とやらで今この瞬間『成長』してみせろ。才能の無い子供達は、そういったものが好きなんだろう?
・名雪 桃鋼(なゆき ももこ)
性別:女
身長:158cm
所属:アザレア高等学苑東鏡校
学年:1年
多くの名スパークラーを排出してきた名門“名雪家”の娘にして一族きっての落ちこぼれ。
小さい頃からスパークラーの才能に恵まれた兄と違い全くと言っていい程才能に恵まれず、家族や周囲の人々から白い目を向けられていた。
そのため中学生まで一般校に通っていたが、何としても娘をスパークラーにしたかった父親によって、高校進学の段階で半ば無理矢理、東鏡・親宿(しんじゅく)の新興STI・アザレア高等学苑東鏡校に入れさせられた。
性格は気弱でかなりのビビり。
周囲から蔑まれて生きてきたので自己肯定感がかなり低く、人付き合いが大の苦手。
スパークラーとしての才は全くないが、運動神経や学力はかなり平凡(しかしそれ故に周囲から蔑まれていた)。
父親が自分を“黒い噂”のある“アザ高”に入れさせたのは自分にさっさと死んで欲しいと願っているからと思っている。
上記の理由から実兄以外の家族・親戚を苦手としている。
頼れる知り合いのいないアザ高で1人みじめに3年間を過ごす…と思っていたが、様々な人々との出会いから少しずつ成長していき、最終的には自主結成部隊を結成することになる。
容姿は肩に付くくらいの長さの髪をツーサイドアップにしており(昔兄に結んでもらった髪型を未だに続けているそう)、制服はきちっと着こなしている。
兄は1歳年上で北界道(ほっかいどう)のSTIに所属しており、桃鋼の数少ない味方である。
名前の由来は「ピンクサファイア(“桃”色のコランダム、つまり“鋼”玉)」。
〈アザレア高等学苑東鏡校〉
東鏡・親宿にあり全国各地に分校を持つ新興STIの本部校。
“一般校や普通のSTIに適応できない子や家庭環境に問題のある子、素行の悪い子”などを受け入れ、“そういった子どもたちの健全な精神”を戦いを通して育てることを掲げて全国各地から生徒を集めている。
…が、その実態はあの手この手でスパークラーになれそうな子や才能はないけどスパークラーになりたい子をかき集め、無理にでも戦場に駆り出して戦果ばかりを追い求めているようなSTI。
戦果を追い求めて事前通告なしに他のSTIの管轄地域への遠征を繰り返しているので、色んなSTIと仲が悪い。
「とりあえず、これで全員知らない顔じゃなくなったわけで……ようやく本題に入れる」
種枚さんが口を開いた。
「この5人で、寄合を組むのさ」
「寄合?」
聞き返したのは白神さん。
「ああ。主目的は、『怪異存在の殲滅』。人間の世界に混ざり込んだバケモノ共を、悉くブチ殺してやるのさ」
「おい鬼子、一つ質問だ」
平坂さんが尋ねる。
「何だいね?」
「それが主目的だというなら、何故ソイツがこの席にいる?」
彼が指差したのは、白神さんだ。そういえば、彼女は妖怪なんだったか。尋ねられた側である種枚さんは面倒そうに眼を泳がせた。
「あー……まあ、それを話すと面倒になるからなァ…………うん、流石に『殲滅』は言い過ぎた。流石にたった5人で街一つカバーは無理だ」
「え、もしかしてその人、人間じゃないんですか?」
これは岩戸青葉ちゃん。
「ああ、コイツは妖怪だよ。雷獣」
「ひどいよねぇ。すっかり人間の生活に慣れきって、何なら自分が妖怪であることすら忘れかけてたのに、この人のせいですっかり妖怪側に逆戻りだよ」
種枚さんと白神さんが答えた。