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「神様」の立場はどうなるのか

今年優勝した伝統球団、阪神タイガースには「代打の神様」と呼ばれる選手がいる。
この肩書きは試合の終盤、ここぞという場面に代打として出場して試合を決着っさせることを期待される巧打の選手に付けられるものだ。
誰もが認める歴代選手としては7人、ファンによっては今の代打の神様の選手が闘病生活を経験していた間に代打として活躍していた選手を間に入れて8人とみなす人もいる。
しかし、そんな神様の進退に大きく関わる議題が実は今年の夏に出ていた。
それは、阪神タイガースも所属するセントラルリーグでの指名打者(DH)制度の導入だ。
それまでの試合であれば、「野球は9人でプレーするもの」というお決まりの話らしくピッチャーも含めた守備9人全員が攻撃時にバットを振る、つまりピッチャーもバッターとしてボールを打つという役目がある。
だから、試合の中盤以降で投げる中継ぎやリリーフと呼ばれるピッチャーの出番に代打を送る際の選手の人選と対戦相手との駆け引きがセリーグ各チームの監督の腕の見せ所であり、タイガースでは強打の選手を最後の代打の切り札として残すことでこの「代打の神様」という称号が代々受け継がれてきた。
ところが、DHが導入されると、このピッチャーが本来打つべき場所にピッチャー以外の別の選手、それも打つだけで守備には就かない選手を指名打者(英語ではDesignated Hitter,DH)という枠で起用しなければならない。

タイガースの場合は本拠地、甲子園球場に近隣の海から吹き付ける浜風と呼ばれる独特な風や、内野が土のグラウンドのため打球が地面に落ちた時の跳ね返り方が砂や砂利の粒が正確に揃っておらず打球の動きが予測困難という特徴的なスタジアムでプレーするため守備が特に良い選手と守備の指標はよろしくないが打撃は非常に良い選手に分かれる傾向がある。
つまり、他球団を含めたファン目線では阪神には守備がよろしくなくて指名打者に回すべき選手が多いけれど、この枠に入る選手は原則1試合1人になるため、試合の駆け引きの一つとして考えられる「DHの代打」として現行の代打の神様を出場させるのか、それとも指名打者の枠に代打の神様をそのまま当てはめてしまうのか。

ファンの疑問に後々のプレーでチームが答える、という構図は野球が生む筋書きのないドラマのシーンはいつまでも続く。

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ハブ ア ウィル ―異能力者たち― 番外編 サマーエンカウンター ⑫

それから数日。
ネロに傘を返して以降、自分は普段と変わらない夏休みを過ごしていた。
友達はいないから他人と遊ぶことほとんどなく、ただ夏休みの宿題をやったり塾の夏期講習に出かけたりする日々。
変わり映えはしないけれど、前々からこうだから別に気にする事はない。
…それでも、ふとした瞬間にこの前ネロに名前を呼んでもらった事を思い出しては、何か変な気分になっていた。
普段家族以外に自分の名前を、それも下の名前を呼んでもらうのが珍しいのかもしれない。
だけどそれだけじゃないような気がしてもやもやする。
…結局この、何とも言えない感覚を抱えたまま、自分は夏休みを過ごしていた。
「あ、おーい!」
午前中で塾の夏期講習が終わって家へ向かって歩いている帰り道、不意に自分の後ろから人を呼ぶ声が聞こえた。
何気なく振り向くと、先程自分が渡った横断歩道の向こうから黒いパーカーを着てそのフードを被った小柄な少女が駆け寄ってきている。
自分は驚いて硬直する。
「えへへ~、数日ぶりだね~」
その少女…ネロはそう言って笑みを浮かべる。
自分は相変わらず驚いていたが、そこへおいネローと明るい茶髪の少年もやって来た。

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑳

樹上の枝葉に身を隠していた鬼が、飛び降りるようにして二人に飛び掛かった。蒼依は咄嗟に冰華の背中を蹴飛ばしながら飛び退き、結果として鬼は二人の間を通過して地面に転がった。
「わあっ……とっ、とぉ。助かったよ、蒼依ちゃん」
冰華はバランスを崩しかけたもののどうにか転倒を堪えて振り返る。
二人の間には、奇襲を失敗した鬼が俯せに転がっており、起き上がろうと藻掻いていた。
「よく見えたね蒼依ちゃん⁉」
「人形がちらっと見てたからね……!」
手元に“感情人形”を再生成して攻撃に移ろうとした蒼依のすぐ横を、背後から白い影がすり抜けた。
「…………?」
蒼依が反応するより早く、それは一直線に地面に伏せる鬼に飛び掛かった。
「あ、蒼依ちゃん……あれって……!」
「……まさか、この辺まで縄張りだったなんて……冰華ちゃん、よくさっき転ばなかったね」
影の正体は、体長2mを超える巨大なイヌのような姿の妖獣だった。それは鬼を組み伏せ、爪を突き立て、容赦なく噛み付き牙を立てている。
「こいつ……“送り狼”だ……!」
送り狼に襲われながら、鬼は金切り声をあげて抵抗する。しかし、送り狼の膂力に負け、肉を裂かれ骨を砕かれ、全身あらゆる部位を牙で穿たれていく。
『おいコラ! ヤメロ! 犬野郎が! 俺は転んでネェ! 寝ッ転がったダケだゼ! オイ退きヤガレ!』
そう喚きながら鬼が暴れると、送り狼は急に攻撃を止め、鬼の背中から降りて闇の奥へと消えてしまった。
「あ、蒼依ちゃん⁉ 狼さん攻撃止めちゃったけど⁉」
「そりゃ、『転んだ奴』を獲物にするんだから、『そうじゃない』と言い張られれば……」
蒼依は《奇混人形》を発動し、刀剣の形状に変化させて鬼に斬りつける。
(あれだけのダメージ、手足も胴体もズタズタだ。勝てる……!)
しかし、振り下ろされた刃は鬼の肉体には届かず、地面に突き刺さった。鬼は全身を使って転がるようにして移動していたのだ。