ファナは、アッドが腕を振りほどくとよろけて倒れた。
「ちょっと何すっ……!」
反論しようとしてアッドの顔を睨んだが、その瞬間声を失った。彼が冷たい目で見降ろしていた。――静かに眺めているしかなかったのだ。
ファナはその、少しの関心もないような、虚空を見るような目に、反射的に言葉を並べ立てた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 許して、ごめんなさい!」
しかしアッドの『関心』は戻ってこない。彼はかがんで、低くつぶやいた。
「なんでこんなことになってるか分るよな」
ファナが必死に頷く。しかしその一挙手一投足に気が立って仕方がないのだ。質問の形をとってはいるが、今は、何の反応もいらなかった。むしろ、何もしてほしくなかった。
アッドはファナの髪を掴んで顔を近づける。またファナが短く悲鳴を上げる。
「俺、ファナのこと傷つけたくないの。分かる?」
「分かってる、から、ごめ、なさ」
「ぁああクッソ! ちげえんだよ!」
ファナの口から漏れ出た謝罪に、余計に腹が立った。謝らせたい訳じゃない。むしろ自分の方が謝らないといけないのに。自分への怒りが全て外部へのものに変換されていく。
低く唸るように息を吐く。感情的な力をすべて吐き出そうとする。それと同時にファナの髪を掴んでいた手からも力を抜く。
地面に這いつくばって耳を塞ぐ少女を一瞥すると、俯いたその表情に明らかに苦痛とは違う、異物が交ざっていることに気付いた。
「あ、ご、ごめん、なさ、ぁ、や、やくに、やくに、立たなくて、が、あ、……なさぃ」何か決められた呪文のように文字を絞り出す口元が、三日月形に歪んでいる。アッドを見上げる瞳は異質な光を帯び、涙が妖艶なその表情の上を伝う。
アッドはそのあまりに悲惨な表情に、我に返って腕を力なく下した。
「あ……」
アッドの目から殺意が消えると、ファナの顔から笑みが消え、不安そうに口角を下げた。
「あ、あでぃくん……?」
アッドは返事をせずに、逃げるようにカナンに向かって歩き出した。
「アディくん? ねえ、なんで、見捨てないで、ごめんなさい、お願い、いい子にするから! 見捨てないで!」
ファナの悲痛な叫びを聞かないふりをして、アッドはその場を後にした。