村で越す最初の夜。日付が変わるかどうかという頃、吉継は自室で1人今日一日を振り返っていた。
(……今日は俺、何もしなかったなー……一応、祖母ちゃんから聞いた話を二人にも共有したから、成果ゼロってわけじゃなかったか。取り敢えず、明日からは俺もフィールドワークに出るぞー……)
その時、窓ガラスを叩く音が聞こえて吉継は顔を上げた。カーテンを開けて夜闇に目を凝らすが、窓を叩いたものの存在は見当たらない。
(……カナブンかな? まぁ良いや、早く寝ないと……)
布団に目を向けた時、再び音が鳴った。ノックするように連続2回、コンコンと聞こえる。あまりに有意味に聞こえるそれに、吉継は再び顔を上げる。窓の外には、白いワンピースを纏い鍔の広い帽子を目深に被った女性が貼り付いていた。その異常な光景に、しかし吉継が覚えた感情は、『恐怖』ではなく『懐古』であった。
「……お姉さん?」
女は呼びかけに答えること無く、扉を握り拳でノックしながら、ぶつぶつと呟いている。
『あけて、あけ、て、けてあ、けて、あて、あけて、あけてあけて』
(うわぁ、昔と同じだ……何を開ければ良いのか何も分かんないけど……)
ふと思いつき、静かに窓を開ける。女は僅かに目を見開いたものの、窓ガラスがあった位置の虚空をパントマイムのように拳で打ちながら、『あけて、あけて』を再開した。
(……窓じゃねえのか。分かんねえひとだよなぁ、このお姉さんも……)
何とはなしに、女の手を掴もうと手を伸ばしたその時だった。
木管楽器とも打楽器とも付かない、低く短い音が背後から聞こえてきた。反射的に手を止め、音のした方に振り返る。しかし当然何もなく、興を削がれた吉継は窓を閉め、カーテンを引いた。外からは引き続きガラスを叩く音と『あけて』という声が聞こえてくるが、吉継はそれを無視して消灯すると、布団に入り何事も無かったかのように眠りに就いた。
(……まぁ、所詮頭の中だけの友人だし……つか、まだ消えてなかったんだな……俺のイマジナリー・フレンド……)