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お祝いのスピーチ

あしざわ教頭、史香さん、このたびはご結婚おめでとうございます。
あしざわ教頭が着任した時、教頭の声がガッチガチに緊張していたのを今でも鮮明に覚えています。最初は正直、「この人で大丈夫かな…?」という気持ちもちょっとありました。ですが、1週間くらいたって、教頭が一人で授業をした時。一人でしっかり授業を回していて、「ああ、この人なら大丈夫だ」と思いました。それからも、パイプの話だったり、フテネコの話だったり、「DJ出汁」だったり、いろんなことを通して、ますます教頭のことが好きになりました。そして何より、生徒と真剣に向き合っている姿が、一番印象に残っています。生徒の相談に真剣にのるその姿は、歴代の校長・教頭に引けを取らない、とても立派な姿でした。これからも教頭として、校長と一緒に僕たち生徒と向き合ってください。
史香さんはリジッター企画の主宰だそうですが、リジッター企画の名前だけは何度か聞いたことがありました。機会があればぜひ演劇を観に行きたいと思います。これからも、素晴らしい演劇作品を届けてください。
最後に、お二人のご健康とご多幸をお祈りいたします。これからもどうぞ末永くお幸せにお過ごしください。

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中学2年生の時

ラジオを聞いてて、ふと思い出した。中学2年生の時、祖父を亡くした。
夏休みのころから様子がおかしくなり、病院に行ったら即入院。末期の肺がんに軽い脳梗塞。余命宣告。祖父はヘビースモーカーだったから、肺がんになったのはある意味自業自得ともいえるかも知れない。僕自身もいつか祖父が肺がんになるんじゃないかと、覚悟はしていた。だけど、いきなり末期なんて……先週まであんなに元気だったのに。やっぱりショックだった。
祖父は認知症だったので、とにかく暴れた。手の付けようがないほど。病院の廊下まで僕を呼ぶ祖父の大声が聞こえてきた。だけどそれはある意味元気な証。一時は退院の可能性もあった。だけど、祖父は誤嚥性肺炎を発症してしまった。食べ物が気管に入って、肺炎を起こしてしまった。そこから祖父はどんどん弱っていった。心電図モニターがつけられ、酸素マスクをつけられ…痛ましくて見てられなかった。
入院から3か月くらいたったある日の朝、僕が起きると全身に鋭い痛みが走った。今までこんなことは1度もなかった。何か悪いことが起きるかも知れない。そう思いながら学校に行った。午後の授業中、先生に言われた。「ソライヌ君、行って」と。僕にはその意味がすぐに分かった。全速力で家に帰り、親と合流して病院に向かった。だけど、間に合わなかった。最期を看取れなかった。前日の夜、習い事に行く前に、一目顔を見たのが最後だった。家族の前では強がってたけど、一人でSOLを聞いていた時、涙が止まらなくなった。

正直、後悔していることはたくさんあります。もっと会いに行けばよかった。もっと優しくすればよかった……だけど、過ぎた日々は戻ってきません。もし身近に病気の人がいたら、しっかり向き合ってあげてください。僕みたいに、後悔してほしくない。長文失礼しました。