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シューアイス『秋口の場合』その2

ミヨちゃんこと三好清美は私をキッと睨み付ける。教室の対角線からの鋭い視線に、一瞬怯み、やっぱりミヨちゃんはカッコいいって思う。ミヨちゃんは昔からサラサラのショートヘアが自慢の、美しい女の子だった。小学校の時の私は同じクラスのミヨちゃんが羨ましくてしょうがなかった。へちゃむくれな私と、カッコいいミヨちゃん。いくら憧れても足りなかった。運動も勉強も苦手な私は、唯一絵を描くことが好きで、描いた絵をミヨちゃんに見せては、喜んでくれるのが嬉しくて仕方なかった。ミヨちゃんが喜んでくれる絵を描けることが、私が私を好きになれるたった一つのことだった。私は、目の前の彼女の、険しい顔を見つめる。私は今でもミヨちゃんが好きだ。ミヨちゃんの、まっすぐで澄んでいる瞳が好きだ。私は口をパクパクさせて、胸の奥の気持ちを吐露してしまいそうになる。でもそんなことして、彼女の美しい髪と、まっすぐな瞳を汚すのは、この上もなく最低だって、わかってる。わかってるから、私の口から何も出てこなくて、無様に口をパクパクさせて、悲しくなってうつむく。さっきまで赤く染まっていた外の景色は、一気に色を失って、冷たさに青く染まる。ミヨちゃんは、何か大声で叫んで、近くにあった濡れ雑巾を私の顔目掛けて投げつけると、教室から飛び出して何処かへ行ってしまった。取り残された私は、雑巾で濡れた顔に安堵する。色を失った景色に、雲がどんどんと流れ込んでいく。私は小さく、にへら、と笑う。自分で自分を笑うのは、この上もなく最低だ。

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近くて遠い背中に爪を立てる

「今年も織姫ちゃんは素敵だった」

開口一番にそんなことを抜かしながら、目元も口元も緩みきった彼が帰ってきた。浮かれる彼の声に叩き起こされた哀れな私は、「そう」とだけ返して煙草をくわえる。ポケットの中からライターをつまみ出そうとしたところで、ようやく自分が素っ裸であることを思い出した。

「俺が帰ってくるまで、ずっとそんな格好でいたわけ」

「天の川に橋がかかるまで、もうしばらくあるから」と、昨日の夕方になるだろうか、私をこんな格好にした張本人は笑う。大河を挟んで遠距離恋愛中の恋人との、年に一度の逢瀬―――そのギリギリまで他の女を抱くような男のそれとは思えないほど、無邪気な笑顔だった。

「別に良いでしょう、放っておいて」
「別に良いけど、放ってはおけない」

私の唇から煙草を引っこ抜き、代わりに己の舌をぬるりと差し込んでくる彼に答えながら、ぼんやり思う。こいつの大好きな織姫ちゃんとやらも、どこの誰とも知れないような男と、私達と同じようなことをしているんだろうなあ。たった1日の純愛と、残り364日の不純愛。

彼の大きな掌が、私の体を再びシーツの海に沈める。昨日よりも少しだけ優しい手つきだった。三日月型の彼の瞳に見下ろされながら、その白い波に初めて身を委ねたのは、もういつのことになるだろう、そんなことすら思い出せないほど、熱に浮かされて、意識はあぶくに、ああ、もう、なんだかなあ。

「織姫ちゃんって、有名人に例えると誰に似てるの」
「綾波かアスカかで言うならアスカだわな」

超可愛いじゃん。なんだかなあ。

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シューアイス『神崎の場合』

加藤ってかっこいいってタイプじゃないけど、男らしいなあってあの時思った、すっごく。中学の頃に私はバスケ部に入ってて、毎日汗臭いバッシュ履いて体育館走り回ってたんだけど、その頃から加藤はてきとーな奴って有名で、私は、何ていうか、体育会系の意地みたいなものが発動してて、適当に人生生きてるやつなんて嫌いだ、近寄んなって思ってた。対してバスケ上手い訳じゃなかったけど、それでも部のキャプテンやるくらいには真剣だったんだ。で、中二の冬ぐらいにそこそこ大きい大会があって、部内がかなりピリピリしてた時期があって、まゆみっていう副部長やってた子と私がほんとどうでもいいことで喧嘩しちゃって、もう本当こんな時期に何やってんだーって落ち込んでた。加藤が部活覗きに来たのはちょうどそんな時期で、まゆみと結構ガチで険悪な感じになってたから、私も構う余裕とか全然なくて、試合前だから帰ってくんないかなって睨みながら言っちゃって、そしたら加藤は、そか、邪魔して悪かったな、また来るわ、ってちょっと残念そうな感じで言うから私は、もう来んなよ、邪魔なんだよ!って叫んだ。体育館ってわかると思うけどかなり声響きやすいから周りにいたやつらが振り返ってこっち見てきて、おまえが邪魔なんだよ静かにしろよって野次飛ばしてきて、いつもなら全然相手になんてしなくて余裕なのにその時はもういろんな事が重なってたから恥ずいけどその場で泣いちゃって、もうどうしていいかわかんなくなってしゃがみこんだ。したら加藤が周りじろっと睨んで、俺が悪いっつってんだろ、黙ってろよって言って、それでもブツブツ言ってる奴ボコして、小さい声でほんとごめんって言って帰ってった。悪いの私なのにね。結局大会はあんまいい成績残せなかったけど、その後私は加藤にあの時はごめんって謝りに行った。そっから何となく付き合うみたいな流れになって、もう3年くらい経つんだなあ。

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続々・シューアイス

西内は夕方、スパイクで荒らされたグラウンドにトンボをかけていた。部員達が散り散りになって、赤茶けた地面をならしている。ハルヒコとシューアイスを食べたのもこんな日だった、と西内は自分が幼かった頃を思い出す。あの日は、夏休みの丁度真ん中の、真夏日だった。多摩川をずっと行けば海に出ると信じて、西内とハルヒコは朝早く、親の目を盗んで出掛けていった。まだ朝日がのぼらないうちから自転車をこいで、クタクタになるまで行ったけれど、一向に海は見えてこなかった。家から持ってきたお握りやチョコレートを食べ尽くして、いよいよもう少しも進めなくなったとき、西内は、ハルヒコの真っ直ぐな横顔を見た。丁度、今日のような西日に、真っ赤に照らされ汗ばんだ、真っ直ぐな横顔を見た。「僕ら、かっこわるいな。」ハルヒコは吐き捨てるように言った。「また、いつか海を見に行こうよ。今日はもう帰ろう。」西内は呟くように、諭すように言った。ハルヒコは小さく頷いて、来た道に向き直り、ヨロヨロと自転車をこいだ。途中、何度も休憩を取り、その度にハルヒコは悔しそうに歯噛みして、かぶりを振っていた。夜になり、街の灯りが点々とつき始めた頃、僕らはようやく開始地点に戻ってきた。ハルヒコの家の前までいくと、彼の母が神妙な面持ちで待ち構えていた。散々に怒られ、僕の家にも連絡を入れられた後、ハルヒコのお母さんは僕らに二つずつシューアイスをくれた。一度に二つのシューアイスを食べるのは御法度だと知っていたけれど、お食べ、と言われて、僕らは貪るようにしてそれを食べた。今思えば、あのときからハルヒコと本当の意味で友達になったのだ、と西内は改めて思う。あの時の、カラカラの喉に染み渡るようなシューアイスの味が、遠い記憶となって甦ってくる。

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シューアイス『三好の場合』その2

てかさ、マジでワケわかんないんだけど。ハルヒコのやつは暴れるだけ暴れて神崎に連れ去られちゃうし、神崎はウチらガン無視でどっか行っちゃうし、誰が後片付けとかすると思ってんのかな。5組の連中はとっくにノビてて使いもんにならないし、あたしもソッコーバックレたいんだけどヤマセンに見つかっちゃって逃げられなくなったじゃんよ。ヤマセンこういうときのタイミングマジでサイアク。本気でヤバい時には居ないくせにさ。てわけで渋々教室かたしてる訳だけど、マジでだる。意味わかんない。え、神崎は加藤のなんなわけ?あいつら付き合ってんの?それシュー教的にマズくない?神崎って確かシューアイス正教の司祭の娘とかで、ウチの学校の行事とか仕切ってるし、アイシストの加藤と付き合っちゃったらサイアク破門じゃん。まわりには隠して付き合ってましたーとか?でも今回の件で身バレしちゃったねざんねーん。明日にはあいつの親父が学校に乗り込んでくるかもねー。って、あんなビッ○どうでもよくて。あたしどうすんのよって話。いや別に加藤のことホンキとかそういうんじゃないんだけど、これチャンスじゃない?神崎がハルヒコしめてる間に加藤を保健室連れてって二人っきりみたいな?やば、片付けしてる場合じゃないって。って思って髪整えて加藤のとこ駆け寄ったら秋口が教室の後ろのドア開けて入ってきた。ガラッて、勢い良く。「掃除中。汚れるから入ってくんなよ豚。」秋口の髪の先が乱れてる。あたしにはわかる。また後藤田とあってたんだ。ったくどいつもこいつも汚ならしいなあ!

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シューアイス『牧田の場合』その2

「神崎は麦わら帽子がよく似合う女の子だったなあ」ろくでもない回想をする。杉田が加藤をぶちのめした所を見届け、携帯をしまい、牧田は校舎裏から出てシューアイス聖堂へと向かう。今日の分の祈りを済ませようと木製のドアノブに手をかけたところで、目の端に神崎が映ったので振り向く。見ると、鬼の形相で杉田を担ぎ上げ体育館の方へ向かう神崎がいた。牧田は柄にもなく唾を飲んだ。麦わら帽子を被った神崎の、少し照れたような、柔らかい笑顔の映像が、脳内で浮かんでは消え、気付くと神崎の後をつけるようにゆっくりと歩き出していた。体育館に入ると、神崎は杉田を乱暴に投げ飛ばし、携帯を取り出した。牧田は、興奮と恐怖に苛まれ、混乱する足取りで体育館の倉庫へと回り込み、そこから神崎たちの様子を伺うことにした。汗臭いマットと埃を被ったゴム製のボールの匂いでむせかえる。暫くするとSBGの卯月、皐月、水無月の3人が入ってきて、杉田を取り囲んだ。SBGはヤバい。あいつらが出てくるとろくなことが起こらない。曰く、あいつらに目をつけられた奴が翌日には校庭の砂場に白骨になって見つかったとか。凄惨な拷問と発狂寸前の杉田の叫び声が体育館を埋め尽くして、牧田はもう気が狂いそうだった。優しかった神崎の、柔和な笑みを思いしては、目をつぶり、叫び声で目を見開く。それを繰り返す。女は恐ろしい、と口ずさんでみる。自分が今日初めて本当のことを言ったような気がした。西日が傾いて、もうじきに夜になる。