C
引っ越しの荷ほどきを終え、近所を散策していると小さなジャズバーがあった。ジャズがそれほど好きというわけでもなかったが、ドアを開けた。動画配信サービスで見たラ・ラ・ランドの影響を無意識に受けていたのかもしれない。
客の年齢層は高かった。だいたいみんな六〇がらみ。七〇年代、八〇年代に青春を過ごした世代。狭い店内に加齢臭が立ち込めている。テーブルに案内された。もちろん相席だ。総白髪の巨漢。こちらに頓着することなく、一眼レフをステージに向けている。隣のテーブルでは、夫婦らしきがジャズそっちのけで言い合いをしている。夫らしきが妻のよくない点を述べ、妻らしきがすかさず言い返す。妻らしきは脊髄反射的に言い返しているだけだから説得力がまったくないのだが、妻らしきのほうが優位だ。一対一の関係では、話の通じないほうが勝ちなのだ。
こうした夫婦は鳩同様、平和で豊かな世のなかの象徴だ。貧しくて豊かになる展望のない世のなかでは、夫婦は協力し合うしかないからパートナーに対する不満を口にしたりはしない。不満を口にするということは少なくとも食べることには困らない世のなかに生きている証拠。協力なんてものは負の産物でしかない。
二曲聴いてから会計し、店を出ると、高校時代につき合っていたCにそっくりな女の子が少し離れた所に立っていた。Cは日本育ちのベトナム人。大人になったら日本国籍になると言っていた。
Cの娘、ということはない。ここは千葉県。わたしが育ったのは神奈川県だ。
Cそっくりな女の子がわたしに向かって微笑んだ。突然、雨が降り出した。
わたしはCそっくりな女の子に駆け寄り手をとった。すると、ふわり、宙に浮かんだ。わたしたちは雨に濡れながら抱き合い、くるくる回った。
いつの間にか、空高く昇っていた。わたしとCそっくりな女の子は雲の上に腰かけ、歌った。もう雨に濡れる気づかいはない。