躰、口
「黙ってたら、なにも伝わんないよ」
喉の奥で風化していった言霊が胸に積もった冬の日に、彼は大きな背中を丸めながら、こちらの目をまっすぐ見てそう言った。吹き荒れる吹雪の残滓が自分の頬を掠めたのを感じて、心身の逃げ道をすべて塞がれてしまったことをさとった。手袋越しに掌を壁に沿わせながら、動かない口を何度も動かそうとするも、動かない。
しばらくそのまま時間の流れに身を任せていると、自分をつつむ躰が小刻みにふるえはじめているのが見えた。瞬間、吹雪に何もかも持って行かれてしまうような気がして、彼の丸められた背中を無意識のうちに包み返していた。
「……何を言えばいいかわからないんだ、正解が見えなくて」
そのまま自然と、彼の腕もあるべき場所におさまる。
「……大丈夫、言葉は口から出るものだけじゃないから」
厚手のコート越しの背中は頼もしくて、深い安心が心に流れてくるのが感じられた。すると少し気持ちが緩んで、口が滑る。
「でもなんか、ずっとこうしたかったのかも、ぼくは」
「なんだ、口も開くじゃないか」
小刻みに投げ出される白いふたつの息は、吹雪の彼方へと連れ去られながらも、しだいに一つになって冬の空気にとけていった。