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大掃除

私は弓道部に入っていて、来月にどうしても出たい大会が控えているのですが、先日発表された選抜メンバーになることができませんでした。
この大会は公式戦ではありませんが、中学生のときにも出場した大会で、遠征でもあるので、自分の実力を試したり成長を実感したりすることのできる大会になると思っていました。

今回は部内で最も強い3人がAチーム、中学のときから弓道部で、今回の遠征に行く今の中学生の指導者も兼ねる3人(そのうち2人は中学時代に部長だった現1年生と2年生)がBチームという形で選抜されました。
Aチームは最近は顧問の中で固定されている感じになっていて入るのは難しいと思っていました。私は中学から続けているので、Bチームの残り1人に入れるように練習をしてきました。中学から続けているのは部長だった子たちを除くと5人で、的中率でいうとおそらく5人のなかでは私か1年生の子がいちばんだったと思うので、かなり可能性があると信じていました。

でも、蓋を開けてみると、そのどちらでもなく別の2年生の子が選ばれました。的中率というデータではなく、顧問の先生の気持ち1つで決まったのかなと思ってしまい悔しくて、目標としていた大会も突然消えてしまったので、部活でのモチベーションがなくなってしまいました。しかも、メンバーが体調不良などで大会に行けなくなってしまったときのための補欠は、高校から弓道をはじめた子が入っていて話が違うと思ったし、何のために頑張っていたのかわからなくなりました。

発表の日からずっと選抜入りした子に嫉妬してるし、顧問にも納得いってなくてどうしたらいいかわかりません。部活中もそっけなくなってしまってどうにかしないとだと思っています。特に、選抜入りした子は、弓道部内で唯一同じクラスの子なので、このままだと新学期にめちゃくちゃ気まずくなると思います。

この気持ちを捨てて別の大会に向けて頑張るか、部活は必要最低限だけで諦めて勉強にシフトするか迷っています。


長文と暗い話失礼しました。

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SCHOOL OF LOCK!と出会った日

私がはじめてスクールオブロックを聴いたのは、2024年7月24日のNiziU先生初来校の日です。ちょうど中学のときに作ったラジオを使いたいなと思っていたときに、NiziU先生がはじめて生放送のラジオに出演されると知り、周波数や聴き方を必死に調べて22時前にスタンバイしました。当時はラジオに全く馴染みがなく、これで合ってるか不安だったので、放送がはじまって、すごく落ち着く声の教頭が「スクールオブロック、今夜もはじまりました」と言うのが聴こえてきて安心したのを覚えています。その後、NiziU先生と校長が音楽番組ですれ違ったことがあると話していて、てっきりTOKYO FMのアナウンサーだと思っていた私はびっくりして、一体この校長教頭を名乗る人物は誰なのかと思い調べたら、こもり校長がGENERATIONS、COCO教頭がお笑い芸人と知ってめちゃくちゃ驚きました。また、本当にちゃんと聴けるかの不安が大きすぎて時間割を調べていなかったので、途中で景井LOCKS!がはじまったときは困惑しました笑
本格的に登校しはじめたのはこの約1ヶ月後、ふとまたスクールオブロックを聴いてみようと思ってラジオをつけたときに聴こえた校長と教頭の暖かい声で、直感的にここが私の新しい居場所になるかもしれないと思ったときからでした。
今年の4月からは毎月2週目にNiziU LOCKS!も開講して、毎日部活で忙しいですが、今は自分のペースで出席しています(アプリの申請が親にうまく届かなくて全然radikoがインストールできないのが辛いですが…)
これからもできる限り聴き続けたい大好きな私の居場所です!

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感謝している先生

私が感謝している先生は中学時代の担任の先生です。
具体的にこのときのことに感謝しているというよりは、私の中学生活3年間、私の担任として存在してくださっていたこと自体に感謝しています。
実は、3月に中学を卒業した数週間後、ネット上で発表されていた先生の人事異動で、その先生の名前と「退職」の文字が書いてあったんですね。その後で他県に異動されていたことが発覚しました。4月に中学校で離任式がありましたが、私は本来は高校生であり、それには参加できないはずでしたが、その先生が担当したことがあった学年が大学1年生の先輩か私の学年しかなかったことや、学校が中高一貫だったこともあり、私たち中学からの内進生だけは(おそらく特例で)離任式に参加できました。そのお別れ会で、その先生は「本当はみんな(私たち)が中1の年を最後に引っ越す予定でした」「でもこの学年で過ごしていって、みんなを卒業まで見送りたいと思うようになって、なんとか家族を説得して担任をしていました」という趣旨の話をされていて、本当に素敵な先生に出会えたなと最後の最後まで思わせてくださりました。
今でも慣れない高校生活の中で、その先生と過ごした3年間が鮮明に思い出されます。学校行事の度に誰よりも気合いを入れて私たちを盛り上げてくださったし、日常の何気ない会話も楽しかったです。辛い日もたくさんあって、たくさん相談をきいていただいて、迷惑もたくさんかけてしまったけれど、本当に幸せな学校生活を送れました。本当に先生のお陰です。ありがとうございました…!!


P.S.
卒業式前日に、先生が私に「私以外に、誰か友達とか身の回りに相談できる人を作ってほしい」と話していたので、「友達ではないけれど、SOLという新しい居場所ができて、高校もなんとか頑張ってます」と伝えたいです。先生のもとまで届いたら嬉しいな…

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文字だとおしゃべり!

私のことだ!!と思ったので書き込みます。
逆電はしてみたいのてすが、夜9時以降スマホが使えないのでできないし、いざ仮に機会をいただけてもうまく話したいことがまとまらなさそうなので、今回の授業はすごく嬉しいです。
私は友達と話すときにはむしろ話す側で、文字でなくてもかなりのおしゃべりですが、異性や大人と話すのが苦手です。特に面談などの場面では全く話せなくなります。(最近は克服頑張ってます)ですが、中学生のときに学校の取り組みとして書いていた日記では、記入欄が遠目だともはや真っ黒に見えるくらいびっしりと小さすぎる文字でその日思ったことを書き連ねていて、毎週あった提出のときに当時の担任の先生に「目が痛い」と言われました。そしてその日記がきっかけで担任の先生とたくさん話せるようになったし、当時、なんでかわからないけれど辛いが続いて自分自身を見失ってしまった時にいち早く気づいてもらえて助けてもらえたものでもあるので、文字でのおしゃべりは私の人生の変化でもあります。校長、教頭に何か自分の人生が変わったきっかけのものがあったら聞いてみたいです!
他にも話したいことはありますが、スマホの時間制限が迫ってきたのでここまでにします。今日の放送楽しみにしています!

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ごめんなさい

謝りたいのに謝れなかったことはたくさんあるけど、1番伝えたいのは中学時代の担任の先生かなと思います。
私が中学生のときは、自分が精神的に幼くて不安定でもあった時期だったのですが、その時に担任の先生にたくさん助けてもらいました。先生は忙しかったに違いないのに、何度もお話する機会を作っていただきました。ただ、1回だけ、どうしてもお話するのすら嫌になって、放課後面談すると言われていた日に友達と一緒にそそくさと帰宅しました…。(ちなみに翌日の朝に「忘れていた」という苦し紛れの言い訳をしました汗)
それ以外にも、半年くらい、自分の気持ちをうまく言葉にできなくて30分以上無言で終わらせていた時期もありました。絶対になんとか時間作ったのに結果がついてこないと思われていた気がします…。
しかも心残りなのが、中高一貫なので中学を卒業しても会える機会があると思っていたら、私の卒業と同時に他県に異動されたので、最後に会えたのが離任式で、心の整理がつかないまま終わってしまいました…。
それでも懲りずに向き合ってくださった先生には感謝していますが、本当にごめんなさい〜!(電波を通じて他県の先生にも届いたら嬉しいな…。)