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Specter children:人形遣いと水潜り その⑫

初撃の勢いのままに屋外に出た蒼依から一瞬遅れて、冰華も玄関を出て引き戸をぴしゃりと閉める。それによって、冰華の目にも、家を訪れた存在の外見が映る。
灰色の体表、異常に痩せ細った長い体躯と四肢、長い尾、黒い髪に隠れた顔面、そして額から伸びる2本の捻じれた角。
「こわい! これが“鬼”なの?」
鬼の真横を慌てて駆け抜け、冰華は蒼依の背中に隠れる。
「鬼っぽさは無いけどまぁ……角はあるなぁ」
蒼依の手に合った刀剣は再び溶け、元の3体の人形に戻った。
「とにかくまぁ……」
鬼が態勢を立て直し、二人に向き直る。そこに突撃していた蒼依が跳躍し、鬼の両角を掴んで顔面中央に膝蹴りを叩き込んだ。鬼がよろけたところに、蹴りの反動で浮いた膝を再び打ち込む。再び、更に再び、何度も膝蹴りをぶつけ続ける。
呼吸の合間、僅かに連撃の速度が落ちたその時、前髪の隙間から虚ろな眼が蒼依を捉えた。
「ッ……!」
鬼が動くより早く、蒼依は角から手を放し、鬼の胸板を蹴って距離をとった。
『アァ……全く……効かネェ、ナァ……?』
鬼は首をゴキゴキと回し、ニタリと笑った。
(マジかよ……手応えはあったけど……)
冰華を庇うように位置取りを調整しながら、蒼依は3体の人形を融合させ、“奇混人形”を隣に控えさせる。
鬼が長い腕を緩慢に動かして両手を地面に付き、獲物に飛び掛かろうとする猫のような低い姿勢を取る。蒼依が片腕をわずかに上げて冰華を庇い、“奇混人形”を一歩前進させて盾にする。
次の瞬間。
鬼は両腕両脚をバネのように使い、『真横に』跳躍した。

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Specter children:人形遣いと水潜り キャラクター①

名前:豊原蒼依(トヨハラ・アオイ)
年齢:16歳(高校2年生) 性別:女 身長:162㎝
説明:ある街で生まれ育った少女。痩せた体躯、癖っ毛で肩甲骨の辺りまである黒髪、目の下のクマが特徴的。服装は黒い長袖のセーラー服に黒タイツ、スニーカー。
先天的に霊感があり、また固有の才能として、感情を人形の形で切り離し操る能力があった。昔から能力と霊感の才能があったことで、人知れず街に現れる怪異存在たちを祓う活動を続けており、実戦経験はかなりのもの。人形たちは通常時はあまり攻撃力が無いため、補助や妨害目的で利用しつつ、殴る蹴るの格闘戦で怪異を攻撃する。
また、他の霊能者には自分の能力を『喜怒哀楽の感情を人形の形で切り離す』と偽っており、『3体の人形しか使えない』と偽装している。
あまり感情を積極的に発露するタイプではないが、人間、特に霊能力の無い人間は庇護対象と捉えており、穏やかに接するようにしている。ただし相手が霊能者や近い立場の者の場合、遠慮が無くなって年相応のガラの悪さが出てくる。

霊能力:【感情人形】(パッション・ドール)
能力効果:感情を掌大の人形の形で切り離し、自由に使役操作する。人形自体の能力はあまり高くない。人形とはぼんやりとだが五感の共有が可能で、意識を集中させることで人形の見聞きしている情報を取り入れることも可能。
人形として切り離した感情を、能力持続中に蒼依が感じることは無い。また、人形が破壊されても蒼依に直接のダメージは無いが、その後の10分間程度、同じ感情を人形化することはできず、その感情を感じると胸が痛む。
能力の対象にできるのは『喜怒憂思悲恐驚』のいわゆる”七情”。また、すべての感情を切り離してしまうと、抜け殻のようになり再起不能になってしまうため、最低1つは感情を自分の中に残しておく必要がある(実質的に同時に使役できる人形は6体まで)。また、切り離した感情が何であっても、人形の性能に差は無い。
必殺技:《奇混人形》
【感情人形】で召喚した人形を『3体』融合させることで、1体の大型人形に変化させる。奇混人形は蒼依と同程度の体格のデッサン人形のような外見で、身体能力・耐久力ともに極めて高い。また、蒼依の思う通りに形状を変形させることが可能で、武器の代わりに用いることもある。蒼依が一番気に入っているのは三節棍型。

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑪

二人は屋外での行動に備えて一度着替え、慎重な足取りで玄関に向かった。引き戸の擦りガラスには、子どもらしき背丈の影が映っている。
(子供? “鬼”は結構大柄だったはずだけど……)
蒼依は冰華の背後に身体を丸めるように隠れ、【感情人形】を3体召喚した。
「だーれー?」
扉の向こうに向かって、冰華が呼びかける。
『ミクグリちゃーん。あーけーてー。顔が入るくらいで良いからさー』
引き戸の向こうの影が答えた。
冰華は背後の蒼依にアイコンタクトを送る。蒼依は顎で玄関の外を指した。影との会話を続けるようにとの意思に、冰華は再び呼び掛けた。
「だからー、誰なのー?」
『あけてよー。腕が入るだけで良いからさー』
声の主は名乗らず、再び戸を開けるよう要求した。
冰華は再び蒼依を見る。蒼依が外を指差し、冰華は再び引き戸に向き直る。
「もしかして、ササキちゃん?」
『そうだよー。だからあけてー。指が入るだけで良いからさー』
「この村に、『ササキ』なんて家無いよ? 高校の友達にもいないし」
蒼依は思わず冰華を見上げた。
(冰華ちゃん⁉ 何て度胸だよ……⁉)
蒼依は人形3体を右手の上に呼び寄せ、いつでも攻撃に移れるよう身構える。
『あけてー。爪の先が引っかかるくらいで良いからさー』
引き戸に移る影は、いつの間にか異常に背丈が伸び、朧げなシルエットは灰白色に変化していた。
冰華は一度、蒼依に視線を移す。蒼依は無言で頷き、深く腰を落とした。
「……良いよー。爪の先なんて言わず、全身通るくらい開けてあげる」
冰華は蒼依の後ろに隠れるように後ずさり、精一杯腕を伸ばして引き戸に手をかけた。
「ただし……」
勢い良く扉を開くのと同時に、蒼依が屋外に向けて飛び出した。
「こっちの『全身』のことだけどね!」
(……《奇混人形》!)
右手の中の3体の小さな人形が溶けるように混ざり合い、蒼依の手の中で一振りの曲刀に変化する。シルエットの首の辺りを目掛けて振るわれた初撃は、相手の大きく身を屈めた回避動作によって対処された。

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Specter Children:人形遣いと水潜り その⑩

その日の夜、2人は入浴と夕食を終え、冰華の部屋でのんびりと休んでいた。
「冰華ちゃん、寝間着貸してくれてありがとうね?」
「気にしないでー」
「冰華ちゃん、寝間着は結構緩いの着るタイプなんだね。おかげで割とぴったり」
「普通じゃない? パジャマってゆるっとしたの着るものだと思うんだけど。っていうか蒼依ちゃん、手足長いよねー。モデルさんみたい、羨ましいなー」
冰華が剝き出しの蒼依の前腕に触れ、掌を滑らせる。
「こういうのは『蜘蛛みたい』っていうんだよ」
「良いじゃん蜘蛛。益虫だよ?」
「ポジティブだなぁ……」
時刻が午後11時を回った頃。2人が就寝準備を整えていたところ、冰華の母親が声をかけてきた。
「冰華ー? お友達が来てるけどー」
「え? うん分かったー。今行くー」
立ち上がろうとした冰華の肩を、蒼依が無言で掴んで引き寄せた。
「わぁっ」
「……冰華ちゃん」
蒼依はやや俯きがちだったものの、ただならぬ気配は冰華にも感じ取れた。
「えっ何蒼依ちゃん」
「冰華ちゃんには、『夜中にアポなしで家に尋ねてくる友達』がいるの?」
「えっ、いやそれは、…………!?」
蒼依の問いに、一瞬遅れて冰華の気付く。
「い、いや、ほら……もしかしたら、河童のみんなかも……?」
冰華の目は泳いでおり、その言葉があり得ない可能性であることは明白だった。
「……冰華ちゃん、出よう。私も行くから」
「えっ、いいの?」
「もしかしたら、ヤツかもしれないから。ここでぶつかれるなら好都合」
「……分かった。何かあったら守ってくれる?」
「うん」
2人は足音を殺し、揃って部屋を出た。
「……あ、待って冰華ちゃん」
「何よ蒼依ちゃん」
「セーラー服に着替えてからで良い?」
「……カッコつかないなぁ」
言いながら苦笑し、冰華は溜め息を吐いた。

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑨

「割とガチでヤバいやつじゃん!」
「だから最初に言ったじゃん『殺しに来た』って」
「……そういや言ってたね」
水際に並んで座り、二人は話し合う。集まっていた河童たちは、既に蒼依からの情報をもとに捜索のため散開していた。
「そういえばさぁ、蒼依ちゃん」
「何よ冰華ちゃん」
「子供さらうような凶悪な妖怪が、なんで子供の少ないド田舎にいるの?」
「いや知らないけど。隠れ場所多いからとか?」
「絶妙に頼りない……」
「仕方ないじゃんまだ高校生だぞ?」
しばらく意味の無い雑談を続けた末、二人はどちらともなく立ち上がった。
「取り敢えず……村戻るかぁ」
「何か手がかり無いかなぁー」

結果として、二人は何の成果も得られなかった。農作業の合間に休む老人、商店を利用する大人たち、村の数少ない子供たち、およそ出会えたすべての人間に、蒼依が『自由研究の一環で伝承について知りたい』という体で尋ねたものの、有用な情報は一切なかったのだ。
「……ダメだったねぇ」
「まぁ、仕方ないよなぁ……」
水潜家に帰還した二人は、冰華の自室に入ると揃ってベッドに身を投げ出した。
「疲れたぁ……蒼依ちゃん、今夜はうちに泊まる?」
「えー、あんま迷惑かけられないよ」
「大丈夫だよ、お母さんも蒼依ちゃんのこと気に入ってるし。蒼依ちゃん礼儀正しいんだもん」
「んー? いやぁ……まぁほら、いきなりお邪魔したわけだしねぇ……」
「めっちゃ良い子じゃん。……あ」
「何よ冰華ちゃん」
蒼依の問いかけに、シーツに手を付き、冰華が勢い良く身体を起こす。
「いやマジに何その勢い……」
「ねぇ蒼依ちゃん。今朝初めて会った時の話なんだけどさ」
「ん?」
「蒼依ちゃんの登場の仕方、変じゃなかった? 木から落ちたみたいな落としてたけど」
「あー……それは普通に、昨日の夜この村に着いて、宿も無いし適当な木の上で寝ただけだけど」
答えた瞬間、冰華が素早く蒼依を押し倒した。
「やっぱり今日はうちにお泊りしてもらいます!」
「……なんで?」
「オニがいるかもしれない危ない夜に、友達を外に置いておけるわけ無いでしょ!」
冰華に見下ろされながら蒼依は目を泳がせ、逡巡の末に、観念したように溜息を吐いた。
「あー……うー……うん。分かったよ、分かったから……」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑧

水面の半球状の物体は、続々とその数を増し、じわじわと川辺の二人に接近してくる。
蒼依がよく観察してみれば、藻のような頭髪と頭頂部に剥き出しになった白い皿、髪の下に隠れた鋭い両目、濁った黄色の平たい嘴などが見られる。
(マジでちゃんと河童なんだなぁ……)
蒼依が興味深げに観察している横で、冰華はしゃがみ込み、河童たちに呼びかけた。
「ねぇみんな。私たちね、鬼を探してるの、オニ」
両手の人差し指を額の前で立てながら言うと、河童たちは互いに顔を見合わせる。
「それっぽい生き物、見てない? 何か心当たりがあったら教えてほしいな」
河童の1体が僅かに沈み込み、口元の水面に小さな泡沫が浮かび上がる。彼らにとっての『言語』である。
「うーん……たしかに、探すの手伝ってもらえたら嬉しいけど」
小さな泡が4つ、立て続けに弾ける。
「良いの? じゃあ、お願いしようかな」
「ねぇ冰華ちゃん、何言ってるか分かるの?」
横入りしてきた蒼依に冰華は頷き、更に尋ねる。
「ねぇ蒼依ちゃん。鬼の見た目について、もっと詳しく分からない?」
蒼依は俯いてしばらく考え込み、口を開いた。
「聞いた話によると……背丈は多分2mいかないくらい。あと、爪が長いらしい。詳しい情報までは、ごめん。……あぁそうだ」
「どしたの蒼依ちゃん?」
「冰華ちゃん、村で子供が消えたりしてない?」
「そもそも子供が少ないかな」
「アイツについて聞いたことがもう一つ。アイツは、『子供を攫う』らしい」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑦

およそ2時間後、冰華の予想より遅く帰ってきた母親に出かけることを伝え、二人は村に繰り出した。
「そういえば蒼依ちゃん、この村に、その……鬼? がいるんだっけ? なんでそんなの分かるの?」
「そこそこ信用できる筋からの情報」
「何かかっこいい。どこにいるの?」
「そこまでは……少なくとも、この山のどこか」
「広いよ。人手いる?」
「めっちゃ欲しい」
「分かった! じゃあこっち来て」
冰華の案内で訪れたのは、早朝二人が出会った川辺だった。
「ここで、みんなに手伝ってもらいます!」
「……河童に?」
「うん」
冰華は大きく息を吸い込み、口元に手のメガホンを当てた。
「みぃーんなぁーっ! 来ぃーてぇー!」
残響に応え、水面に複数の波紋が浮かんだ。
「……冰華ちゃん?」
「ん?」
「この川、結構深いわりに滅茶苦茶水きれいだよね」
「そうだね。良い場所でしょ?」
「うん。河童……いるの? 姿見えないけど」
「いるよー。河童は水泳上手いから、隠れるのも得意なんだよ。ほら、ちゃんと波紋が出てるでしょ」
「姿が無いのが怖いんだけど」
二人が話していると、波紋の一つを突き破り、緑色の半球が水面に現れた。
「ほら出てきた」
「うっわマジじゃん。初めて河童の本物見た」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑥

部屋の外から、冰華の母親が呼びかける。曰く、用事があって家を出るため、留守番を頼むとのこと。
「りょーかい」
冰華が答えると足音が部屋から遠ざかり、やや時間をおいて玄関が開き、また閉じた。
「……じゃ、私も鬼探しに行くから」
「あ、待って。私も一緒に行く!」
蒼依に続いて立ち上がった冰華の頭に、蒼依の軽いチョップが刺さった。
「痛いっ」
「さっき留守番頼まれてたでしょうが。親の言うことはちゃんと聞きなさいな。せっかくいい親御さんなんだから」
「でも……蒼依ちゃんのこと手伝いたいし……」
「危ないんだよ? あんまり無理しないで」
「危ないのは蒼依ちゃんも一緒じゃん」
「いやまぁほら、私は慣れてるから」
「それなら私はこの辺一帯に慣れてるよ? 土地勘!」
「……なんでそんなについて来たがるの」
「えー……お友達だから? あと面白そうだし」
「おいコラ冰華ちゃん」
「それに! 私だってそんなに弱くないんだよ!」
両腕で力こぶを作るジェスチャーをする冰華に、蒼依は溜め息を吐いた。
「……冰華ちゃんのお母さん、どれくらいで帰ってくると思う?」
「1時間くらいかな?」
「じゃ、その後出ようか。それまで、この村と周りのこと教えてよ」
「やったっ。私に分かることならなんでも聞いて!」
「うん。頼りにしてるよ」
「あっ、一応今のうちに番号交換しておこ? 何かあった時に便利だし」
冰華がスマートフォンを顔の前で軽く振った。
「スマホ持ってたんだ……」
「さすがに田舎舐めないで?」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑤

「おい何だその反応は。あんた人間でしょうが」
蒼依の怪訝な視線に、冰華はぎこちなく顔を背ける。
「な……何でもないよ……? あははァ……」
「おうコラ正直に吐けぃ。モチモチするぞ」
2体の【感情人形】が姿を現し、冰華の顔に飛びついて彼女の両頬をもみくちゃにする。
「あひゃひゃひゃ、やめてやめてー!」
【感情人形】たちと蒼依本人に組み伏せられた冰華は、息を吐き出し両手を投げ出した。
「こ、降参降参……」
「で?」
「私……友達に妖怪がいるの」
「種は?」
「河童」
「河童もいたの?」
「えっ、標的じゃなかったの? 私、この辺の妖怪で思い当たるのそれだけなんだけど……」
「ちなみに送り狼も道中にいたよ」
「世界は広いねぇ……」
蒼依が身体の上から退いたことで、冰華も起き上がる。
「ねぇ蒼依ちゃん……私の友達、殺さない?」
冰華の不安げな問いかけに、蒼依は人形の1体を冰華の頭に乗せながら答えた。
「河童のこと? 河童たちの前科は?」
「一番新しいのだと、私が襲われた時のことくらいかなぁ。大体5年くらい前? それ以降は、特に悪さしてる河童はいないかな」
「……自分を殺しかけた奴らと、友達? 妙だな……」
「私を襲った河童以外はみんな優しいよ?」
「うーん純粋」
「わーい褒めてもらった。それで? 蒼依ちゃんのターゲットって何者?」
「あーうん。何か、何かしらの鬼らしいよ。角も生えてるって」
言いながら、蒼依は両手の人差し指を立てて額の前に当てた。