今日、学校で黙祷があった。昨日のsolで感じたことを思った。そして、今日はHRで模擬議会として、クラスメートが出した法案をグループで考えた。その中で、原発廃止について話していた班があった。結果、その法案は反対されていた。この日に、その議題で。偶然だけど、なんだか怖くおもった。知らないって、怖い。でも、反対意見もすごく説得性があった。どれが正解ってわけもないけど、そのこと話し合えた班はすごくいい話し合いだっただろうな、と思う。
学校で、防災集会というものがありました。そこで、あることをしたのですが沢山の人が笑っていたんです。確かに笑えることかもしれない。でも、笑うべきことではないんです。私の友達に東日本大震災で大きな揺れを体験した人がいるのですが、その子は、どうして笑えるんだろう。こんなに大変だったんだよ。と当時のことを話してくれました。笑ってた人の気持ちが分からない。
私は今、東日本大震災より前から興味のあった災害時に活動する仕事を目指しています。あの震災がきっかけで目標へと変わったものです。またどこかで起こる災害で、多くの人の力になりたい。
5年前のわたしはただただ学校が嫌いで。地震が起きた瞬間「今日は早く帰れるかな」とか、そんなことをぼんやり考えてた。だから家のテレビから流れる映像に言葉を失ったんだ。
先日福島出身の友人と遊びに出かけました。ドトールで互いの地元の写真を見せ合いながら、色んな話をしました。すると彼女のふとした言葉の端に震災の影が見えてきて、急に現実に引き戻されたような気分になりました。同情だとか、怒りだとか、悲しみだとか、そういうんじゃない。だってわたしは経験していないから。ただ「震災が起こったという事実」を突きつけられた瞬間でした。
あの出来事を忘れてしまうのも、覚えているのも、たぶんどっちも防衛本能。きっと両方正しくて間違いだ。彼らに手向ける言葉が見つからないから、手を合わせるだけなんて、卑怯かもしれない。だけどそれが精一杯だった。
今日1日がひどく静かに感じられたのは、雨のせいだけだろうか。
今日、卒業式の準備が終わって下校するときに友達にちょっと悲しかった事を話すことができた!
少しは私の想い伝えられてよかった!
昨日書き込んだ小学3年生の女の子にお手紙書いて今日渡しに行きました。そしたら女の子もお手紙くれました。お手紙渡した後に会ったら女の子が、「読んでて泣きそうになっちゃった。本当に今までありがとう」って言ってくれました。その言葉聞いてすっごいジーンときて泣きそうになってしまいました。1年前出会ったばかりなのにこんなに仲良くなれて良かったです!本当に良い子だし、出会えて良かったです!!
明日も俺は生きていく!自分の為に、未来の為に(・∀・)人(・∀・)
可愛い奥さんと結婚して子供も沢山欲しいしヽ(´▽`)/
今日はあの日と同じ曇り空だった。
ひとりで下校途中でした。シャッターがガタガタ音を立てて、風のせいかなと思った次の瞬間大き
な横揺れが襲った。家に入ってもカタカタ揺れはおさまらなくて、怖くて、家の外で親が帰ってくるのを待った。私は内陸だから停電で済んだけど、ラジオから聞こえてくる津波の情報に、耳を塞ぎたくなった。
高校2年のころ震災後初めて沿岸にいった。ガイドさんのお話や、震災遺構などを見てまわると自然と涙が流れた。伝えなきゃならない。これは本当に起こったことと受け止めなきゃならない事実を私たち若者が伝えなきゃならない。そう、強く思った。
5年たった今、復興は進んでるものの、まだまだ問題は山積み。確かに復興は遅れているけれど、ゆっくり確実にみんなと一緒に震災前以上の賑やかさを取り戻せるよう、私もたくさん支援したい。心からそう思った。
今、LINE全体でコチャを
返せないバグが起きてますが、
その原因として、
2つの説が挙がっています。
1つめは、
担当者が味噌汁を零したという説。
2つめは、
今日、3月11日だからこそ、
直接のコミュニケーションを大事にして欲しいと、
あえてシステムを止めたという説。
皆さんはどっちだと思いますか?
レスおねがいします!
東日本大震災から五年がたちました!未来新聞読ませていただきました。今の被災地の生徒の言葉を見れてよかったです。未来新聞の感想はかかせてもらったので、ここでは俺が今感じていることをかかせてもらいます。俺は当時小学校6年生で、学校で授業していた時震災が起こりました。
揺れた後避難する時今回の地震は大きかったなあとただ静岡県でちょっと大きめの地震が起きただけだと思ってました。その後少し時間がたつと東北が震源地だったときくと東北はどうなっているのかと不安に思いながら家に親と帰りテレビを見るとあの巨大な津波の映像が流れてました。その映像を見てもちろん東北がすごいことになっているとショックをうけましたが、その後俺はこのことが静岡県でなくて良かったとふと思ってしまいました。静岡県ではそろそろ東海大地震がくるといわれていたので、もし東海大地震だったら確実に俺は死んでいたと思ってしまったのです。その当時は津波にそんな注意が向けられていなかったので本当に東海大地震だったら俺は死んでいたんだろうなと思いました。今思っていることをそのまま書いているので言葉で上手く表せないのですが、あのことは全く他人事ではなく教訓を活かさなければまた同じ惨事になると思います。そして復興は進んでいるといってもまだ仮設住宅で過ごしている人はたくさんいるし、進んでないところはまだまだある。俺らはできることが少ないけど募金をしたり亡くなった人の分まで生きていることに感謝して生きることなどできることはしっかりやることが大事だと思います!まとまりのない文章ですが、俺はしっかりあのことを振り返っていくことが大事だと思ったので、たくさんかかせてもらいました。