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震災+5

 私はまだ小4でした。ちょうど調理実習があって早く帰ることになったあの日。みんなで外で手を振って別れているところでした。地震だ、校庭に集まれ、と叫んでいる友の声も、足が不自由な母が心配だとなく泣き声も、私の耳には入らず、ただただ目の前の恐怖に立ち尽くすことしかできませんでした。
 私の住んでいる市にも津波は来ましたが、私の住むあたりまでは来ませんでした。それでも私たちに与えた恐怖は、とても大きいものでした。
 あれから5年。被害の跡も薄くなり、人々からあの恐怖が消え去りつつあります。それでも私たちはこの震災を、この恐怖を忘れてはいけないと思います。忘れないことが、いまだに苦しんでいる人への応援に、支えになるのではないかと思います。
 あの日から5年。明日、中学校を卒業します。いまここまで成長して中学を卒業できること、今こうして明日に思いをはせることができること、そして今日を、明日を、生きていられることに感謝して、明日の卒業式を迎えます。
 私は、あの日のことを、一人の被災者として、絶対に忘れません。
 【長文失礼しました。】

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やっと…!

昨日のGIRLS LOCKS!で、
応募した「朝写メグランプリ」の、メールが読まれたぁ~!!
初めて~!
こしふう~!

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未来新聞

今初めて、未来新聞を読ませて頂きました。
僕は安全な場所にいます。そのため、被害を受けられた方の気持ちを100%理解することはできないのかもしれません。
しかし、それにしてもあまりにも知らなすぎたことに気づきました。
5年が経ち、地域によっては復興したのかもしれない。一方、全く進んでいない地域もたくさんある。知識としては知っていました。でもあくまで他人事でしかなかった。それに気づき、とても悔しくなりました。
絶対に風化させてはならない。僕たちが語り継いでいかなければならない。このことは昨日の授業を聴きながら何度も書き込んでいましたが、今日読んで改めて思いました。
この未来新聞は、SOLの生徒でない人にも読んでほしい。政治家やメディアの方々にも復興地(所謂「被災地」を言い換えています)の方々の本当の気持ちを知ってほしいと思います。
また、職員の皆さん、校長、教頭、未来新聞の発行は来年以降もずっと行っていって頂きたいです。
宜しくお願いします。

長文失礼しました。

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黙祷

被害を受けていないのに、心がはち切れそうなくらい苦しくなる。昨日の放送のあと、ONE OK ROCK先生のBe the lightを聴いて、涙が止まらなくなって今日まぶたが重かったのに、また涙が溢れてしまった。忘れません。この震災から学ぶことはいくつもあるし、それが今の自分を作っているひとつでもあります。簡単に多くの人の命を連れていく自然災害が、憎い。
どうか東北の空には、星が沢山沢山輝きますように。見守ってくれますように。

改めて、震災で亡くなられた方々へご冥福をお祈りするとともに、これからの東北の発展を願います。
明日は我が身と思って、当たり前に思えてしまうかけがえのない命、生活を、自分なりに大切にします。

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#5年目

あの日の事、今でも覚えています。
テレビをつけて流れてくる映像をみて
想像を絶する自然の驚異を実感すると共に、
現実であってほしくないと思うばかり。
いつものようにラジオをつけると、聴こえてくるであろう校長教頭の声は、とても重く力強かった、一方で、目頭が熱くなっていることもすぐにわかった。泣いて哀しんでる二人の姿に、自分も熱いものを抱きました。でも震災から5年が経っても、変わらず生徒に寄り添って、1番に生徒に寄り添い、共に困難を乗り越えようとしている校長教頭の放送を聴くと、震災のあの時この放送を聴けて良かったな、って思います。SCHOOL OF LOCK!!にいる先生が変われど、この5年変わらず熱い思いをもって声を届けてきてくれるかぎり、SCHOOL OF LOCK!!も、あの時繋いでくれた思いも、変わらず私達生徒に残っているんだなと思いました。これからも全国の生徒の声を、そして校長教頭の声を、ずっと伝え続けてください。

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5年

5年前の今日、私は小学6年生だった。卒業式の練習を終えた後の休み時間に地震がきた。今まで経験したことのない揺れ、悲鳴、泣き叫ぶ声… 目と耳に伝わる全てのことが全て信じられないことだった。そしてその後のニュースで流れる映像にただただ衝撃を受けた。
あれから5年。高校生になった私。あの日に体験し見たものを一度も忘れたことはない。何年経とうと忘れることはない。今年もまた被災地に祈りを。

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一生忘れない3.11

あの東日本大震災からもう、5年が経ちます。 私は震災当時、小学四年生でその時は学校にいました。 あの時の恐怖は、ずっと覚えています。 それから、たくさんの方々が復興支援をしてくださり、暗かった気持ちも少しずつ元気になってきました! 本当にありがとうございます‼︎ そして、この震災は忘れない、忘れてはいけない出来事です。

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震災から5年

五年前、私は中学2年生でした。電気がつかない暗闇の中で沢山起こる余震に怯え、津波が来るのではないかという不安に襲われていました。そんななか唯一私が持っていた公共の電波であるウォークマンのラジオ。いつもの校長、教頭の声が聞けて涙が出たのが今でも忘れられません。本当に安心しました。感謝しています。
私は今大学生になり、宮城県へ引っ越してきました。私の家の近くには仮設住宅があり、まだまだ復興には時間がかかるのだと感じました。

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そういえば

今日で震災から5年ですね。

あの時の私は中学1年生で京都に住んでました。
あの日の時間は部活を終え帰ってる途中でした。
帰ってくるといつも聴きなれていたラジオから流れたのはこの地震の速報でした京都も少し揺れてたみたいです。
あの後の津波はテレビで見てても恐ろしく、阪神淡路大震災を経験している母は見ることを拒むほどでした。

5年言うと長いようで実は短い。
復興はまだまだです。
この震災を機に私たちも地震のことでいろいろ考えたと思います。

私は春から大学生になります。
これからではありますが被災地のことを知り、自分が今できることをやって行きたいです。

最後になりますが、
この震災で被害にあったすべての皆様にご冥福をお祈りします。

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人それぞれでいい

今日という日は、誰かにとって忘れたいほど辛くなる日で、誰かにとっては絶対に忘れられない大切な日で、誰かにとってはなんてことない日々の一部でしかない。
今日を楽しみたい人は目一杯楽しめばいい。今日、泣きたい人は目一杯泣けばいい。
こんな日だから言うことだけど、いつもそう思っています。