すすり泣く声と共に感じるのは怒り。
「…鬼の仕業だ…鬼のせいだ!」
信乃から冷静なんて言葉は失せていた。急に薊を思い出す。このままでは、負の連鎖が続くばかりである。
しかし、だからと云って朔が何かを言ってあげることはできない。自分の母やおじ、友人の命を奪ったのは人間だ。
するとここで声が掛かる。
「信乃さん…?」
後ろから姿を現した人物。村人、だろうか。
「見かけねぇ旅人が来たと思ったら、焦ったような顔して出ていって…何事だと思ったば…一一!?」
叫び声があがる。そして、人がわらわらと集まってきた。こうなっては手の回しようもない。村人にまかせるだけだ。
岡っ引きも来た。随分と遅いご到着である。そして偉そうにその場を仕切ってしまった。
思わず出た朔の溜め息に、蒼は苦笑する。その笑みが、朔の心を見透かしたようで恥ずかしかった。
しばらく其処にいると、岡っ引きが旅人二人に訊ねる。
「主らが第一発見人か?」
朔が答える。
「正確には、凜が第一発見人です。それも、現場に居合わせた。」
一人は頷き、二人に背を向ける。もう一人の岡っ引きは、朔を訝しげに見やり、背を向けた。あの目は一一
「蒼。」
「ん?どうした。」
朔は、その一人の岡っ引きから目を離さない。
「あの岡っ引き…鬼だ。」
今までの記憶とか経験とかを残したまま、人生をやり直してみたい。どーなるんだろうか。いいのかもしれない、楽だろう。でも、贅沢で矛盾した話、何回もクリアしてるゲームみたいでつまらないかもしれない。
知識はふと思い出した様に訊ねた。
「ねぇ、君は何をしようとしてたの?」
「この空間の広がりを計算しようとしてたの。」
そう答えると知識は少しうつむいてこう続けた。
「無駄だよ、此処は広がりなどないよ。
あるのはただありとあらゆる法則を崩壊させた本棚の羅列と時間だけだ。
そうじゃなきゃ私たちは光速を超えられない。」
こういう時、体感という物はアテにならない。
主観的に見た時は数天文単位進んでいようとも客観的に見ると数メートルしか進んでいなかったりする。
つい先程の本棚だって、予想されている全宇宙の原子の数よりも多い本を貯蔵していた。
体感をアテにするということは三次元空間で虚数を考えるくらいに愚かなことかもしれない。
「ねぇ知識、ミコトまであとどれくらいなの?」
「さぁ、でも早いうちに着くよ。その様子だと眠いんだね、私の背にお乗り、目を開けたら多分着いているよ。」
少女は、深く、深く哀しい眠りについた。
いつの間にか、どうせ無理だって思ってた
まだ始めてもいないのに可能性を消して
いたのは僕自身だった
僕らは何度だってやり直せるよ
失敗を恐れて前に進まないなんて
もったいなさすぎるよ
どれくらい連れ去られているだろうか。
ざっと一天文単位程度か、と少女は思った。
「ねぇ、知識、私はどこへ連れていかれるの?」
「『ミコト』少なくとも私達はそう呼んでいる処。」
そもそも此処はどこだろう。
少女には検討もつかない。
わかっている事は、ただ本棚がまるで一つのギャラクシーを形成するかの如く歪かつ幾何学的に無限の広がりを持っている、という事だけだった。
そもそも広さはどれくらいなのだろう。
少女は計算で求めてみようと思った。
計算するには何が必要か、それはデータである。
そのために知識に少しだけ待っていてと言って休んで貰った。
データは本である。
本を見るとすべて、
①タイトルはすべて8文字である
②1ページには450の文字がある
③その文字はアルファベットのどれかであり、26個のうちどれかが当て嵌る
④本はすべて2675ページで終わる
⑤一つの本棚に考えられるすべての本が入っている
⑥ほかの本棚も同様だが本の並びが違う
ここまでデータを集めたが少女は途端に面倒くさくなった。
すぐに知識と共にその場を去った。
私は今、綺麗な日本語をつかえているのかな
綺麗な日本語を使いたいと思っていますが、綺麗な日本語ってなんでしょうね。
敬語?雅語?そんな一言でくくられてしまうような飾り気のない物でもないと、私は思います。ただ、上手く表すことが出来ません。難しいです。
皆さんの考える綺麗な日本語を教えていただきたいです。
あまりにも単刀直入だった。信乃は、思考が停止しているように見えた。
「おい、朔…。」
蒼の諫める声が、肯定を意味してしまう。
「申し遅れました。私は朔というものです。
偶然、凜と出会い、凜のお父上、つまり貴女の夫殿が殺害されている状況に遭遇致した所存です。」
朔の自己紹介は意味がない。相手の耳には届いていないのだから。
「此方は蒼。私の旧友です。」
「なんなんだい…あんた達は!?適当なこと言ってんじゃないよ!」
「母ちゃん‼」
制止する凜。
「やめてよ、母ちゃん。お兄ちゃん達の言うことは本当なんだ…父ちゃん、死んじゃったんだよ!」
「凜まで何言ってんだい!?」
凜は目を赤くして叫ぶ。
「来て!」
母の手を引いて駆ける。凜の表情は真剣だ。
朔と蒼は一瞬視線を交わし、直ぐに追いかける。
信乃は声にならない悲鳴を発した。戦慄く手が痛ましい。
「あんた…ねえ、あんた…。」
恐れから怒りの声音になる。
「なんでだい…なんであんたがこんな目にあわないといけないのさ!?」
この事実を受け入れられない様子の信乃。悲しみの色は窺えない。その分を感じられる余裕がまだ無いのだ。