「瑛瑠さん!」
「はい!」
すぐ横で望の声。さすがに驚く。
「大丈夫?」
彼の表情は心配を語っている。
「どうしたの?何か言われた?」
「いえ……。」
自分で確かめればいいのだ。なぜ彼は望のことをそこまで意識しているのか。望が本当に気を付けるべき人なのか。
「何でもないです。行きましょう、長谷川さん。」
変わったことは特にない。相変わらず後ろを振り返ってくるだけだ。
そもそも席が前後でいて近付かないことは不可避である。……近付くなと言われているわけではないが。
やはり訳がわからない。前の席に気を付けろとは。いっそ、席に何かあるのか。
「瑛瑠さん、今日は心ここにあらずって感じだね。」
悟られてはいけないような気がして、咄嗟に微笑む。
「そうですかね。夜更かししたからかも。」
嘘ではない。チャールズのいう昔話も気になるし、どうしてくれよう。
あの春の日
君が綺麗に投げた桜の花びらを
私はちゃんと受け取ったよ
明るいふわふわした光を同時に投げかけて
微笑んでたよね
でもそこに流れてた風は
冷たかったんだね
夏なのにすごく冷えていた
あの秋の日
君はそれを暖かくした、急に。
この冬の日
氷が全てを覆った
暖炉までも凍りついていた
吹雪が花びらなんて全部取り去っていったよ
それでも私は微笑んだんだ
君に
吹雪は止まずに
君は雪を強く投げてきた
そして風のなかに君は姿を消した
君は誰?誰なの?
風の精だったの?冷風の?
吹雪が終わっても
君はもういないのかな 来ないのかな
だけど君は来なくても
春はまた優しく訪れる
望である。だから、とびっきりの笑顔で振りかえる。
「おはようございます。」
背中からは彼の声。
「お気楽で羨ましい限りだ。」
振り返るとそこに彼の姿はもうない。
何が何だかさっぱりわからない。彼は何と言った?
『僕を誰だと思って言っている。さすがにわかっただろ?』
ヴァンパイアだ。それも、かなり優秀な。
わかったの示す主語は、瑛瑠だろう。では、目的語は。彼の正体?
"さすがに君でも僕の正体がわかっただろ?"
わかっている。あれだけの残り香でわからない者はいないだろうの意でのさすがに,だろう。
とすれば、あの怒りは何だ。彼の忠告に従わなかったから。ヴァンパイアのアンテナを馬鹿にしたから。そのつもりはなかったが、結果的にそう捉えられたのだ。
優秀なアンテナより、魔力に気付けなかった自分自身の感覚を信じたことに関して、彼は怒っていたのではないか。
そこで少し思考を止める。
なぜ、忠告したのだろう。仮に望が瑛瑠にとって危険だったとして、自分の感覚を信じようと、彼には助ける義理もない。いや、そういった義理があるから忠告もし、怒り、彼のアンテナを信じろと言いたかったのだろうか。
「……おはようございます。」
「おはよう。」
例のヴァンパイアと対峙。まさか今日も玄関で会うとは。せざるを得ない挨拶を交わす。そのあと先に口を開いたのはヴァンパイア。
「昨日の忠告、聞いていなかったのか?」
唐突だ。
ローファーを棚にいれる。
昨日の忠告とは。前の席に気を付けろというやつだろうか。
「お言葉ですが、それは言いがかりです。」
彼は少し目を丸くする。思っていなかった返答なのだろう。
「好い人でした。」
視線がきつくなる。これは、怒り だろうか。
「僕を誰だと思って言っている。さすがにわかっただろ?」
何のことだろう。いちいち主語がない。さすがに瑛瑠も顔をしかめる。
なぜ怒りの感情を持ったのかがわからない。
「瑛瑠さん、おはよう。……瑛瑠さん?」
生きて 生きて
誰もが皆なくなるのなら
誰にも永遠などないなら
今はただ
生きて
あなたは私の世界
20分後の夕立みたいに、まだふわふわと、漂っていいかな。
隠してた思いも、型崩れになってしまって。
プールは揺らめいて、光を乱反射しては
教室の天井をゆらゆら彩る。
しまってた思いが、虫食いになってしまった。
この情念、その感動、あの一瞬、どの瞬間?
出会えた奇跡をどこで味わえばいいだろう。
僕は今日も言えずにいる。
君にとっての誰にもなれない。
だって言えてないから。
伝えたくて踏ん張って、それでも踏み出せなくて、今君は電車に乗って。
「ばいばい」「バイバイ」「また明日」
終わりが見えない完結編みたいで、なんか変だなぁ。
20分前降った雨に、まだ濡れたまま、公園のベンチ。
隠してた思いを隠したままで。
世界の移ろいも、君がいればいい。ふらふらしたまま手だけ繋いでいたい。
この情念、その感動、あの一瞬、どの瞬間?
別れの代償はどこに隠されていくのだろう。
雨に紛れて流れていく
大切な思いの束を
君が少し拾ってくれたから。
誰かが「言えばいい」と
囁いてくるその声すら
断ち切ってしまう。
どうして言えない?とか
どうでもいいって訳じゃないけど。
チャンスが二度とないなら諦めてしまうかも。なんてふざけたこと抜かしてんじゃねえ。
君がみぎ、僕がひだり。いつも歩く道1人で歩くと、考えてしまって。
急かされてるみたいで。
どうにかしたいの?しないといけないの?僕の頭はどっちなんだろう。
僕は今日も言えずにいる。
生まれ変わるための涙を
あみだじゃどうせ決まんないでしょ。
伝えたくて踏ん張って、それで踏み出せないことなんてない。今君に会いに行くよ。
「ばいばい」「バイバイ」「また明日」
ジ・エンド!良くも悪くも完結編にしなきゃ、タイムリミットは切れてる。