どうやら、自分が思っているよりも
ずっとずっと、
ロマンチストだったらしい。
冷めた心と
希望のない現実と
変わらないものを嘆いていた僕は
変わらないようにしてただけみたい。
人1人の心を動かせない奴が
世界を動かせるわけがない、
なーんて本気で信じていたけど。
リアリスト気取った自分の心を偽っているようじゃ
まだまだ世界は彩らないね。
…なんて。
生きる権利はあっても、それを捨てる人もいる。その人はすごく悪いわけじゃない。あくまで死ぬ権利を行使しただけなんだろうから…
「確認してもいい?」
行きなり切り出す瑛瑠は、ほぼ元通り。
「どうぞ。」
ソファの前のテーブルでお茶の準備をしながら応えるチャールズは穏やかだ。
「恋愛感情は、自分の意思では抑えが利かなくなることもあるよね。」
「そうですね。」
「強い感情にもなり得るよね。」
「はい。」
瑛瑠は少し間をおいてから、もうひとつ確認する。
「魔力が制御できなくなるほどの強い感情にもなり得る。」
「はい。」
華やかな白桃が部屋中に香る。瑛瑠は、少し気が削がれた。
「今日は白桃烏龍?」
横にいるチャールズを見ると、微笑んで頷く。
「よくご存じですね。そうですよ。」
張りつめていた気持ちがほぐれていくのを感じる。少し肩に力を入れすぎていたようだ。
「相性の悪い種族がいる。人間に1番近いウィッチは、攻撃型の種族にあてられることがある。だから、種族でまとまって過ごすようになった。」
「はい。」
部屋に静けさが立ち込めた。聞こえるのはカップに注がれるお茶の音だけ。
あたしが幸せって思うとき
他の誰かが不幸せなんだと。
あたしが不幸せって思うとき
他の誰かが幸せなんだと。
痛んで荒んで仕方ない
恨んで羨んで仕方ない
私の心だから仕方ない
「ごめん。」
チャールズの胸元を押して離れる。
瞼は重く、目も鼻も赤いだろうことがわかっているので、チャールズの顔を見ることが出来ない。ただ、チャールズが微笑んだのは、雰囲気でわかった。
「いつまでもここにいるわけにもいかないので、とりあえず中に入りましょうか。」
今度はお姫様抱っこなんてしなかった。
リビングに行くと、いつものテーブルではなく、ソファへ座るよう促される。チャールズの横に腰かけた瑛瑠は、正面で話すのを避けてくれたささやかな気遣いにお礼を言った。
「チャールズ、ありがとう。」
すると、
「そっちの方が嬉しいですね。」
と優しく言うのだった。
忘れることが正義なら、忘れるさ。
喜んで。
忘れることが正義なら、忘れるさ。
謹んで。
君がこびりついたアパートの隅っこで
僕が今日も息を吸う。君に手を合わせる。
戦争も、宗教も、何もかも割れてなくなれ。
風船のせいにして、みんなで針を投げよう。
喧騒も、必然も、何もかも割れてなくなれ。
偶然のせいにして、みんなで耳を塞ぎあおう。
世界に足りてないものはない。
角膜を濡らして、冬になる。
寒くなる。
睫毛を濡らして、冬になる。
寒気する。
君がうっすらと残ったこの部屋の隅っこで
僕が飯を作る。君にお団子をあげる。
拳銃も、神様も、何もかも割れてなくなれ。
馬鹿らしい音楽と、ボロボロのギターで。
東京も、ニューヨークも、何もかも割れてなくなれ。
自由ってのがそういうことならそうでしょう。
世界に足りてないものは、僕の場合は君。
戦争も、宗教も、宿題も、全部割れてなくなれ。
夏よ終われ。君はここで。
喧騒も、拳銃も、散弾銃も、全部燃やして骨だけにしちゃえ。
夏が終わる。すぐ冬にはならない。
でも、冬になる。
寒くなる。
K国の外相であるDは、貿易交渉のためにF国に来ていた。F国側は、始めはK国に対して友好的な態度を表していたが、次第に強硬な一面を見せ始め、K国側がどんなに様々な交換条件を出しても、F国の首長は一向に条件を譲らず、交渉は非常に難航していた。
やむを得ず一旦帰国することを決めたDは、運転手つきの車に秘書のSと共に乗り込み、空港へと向かった。
「全く、あの堅物め、一歩も引こうとしない」
とDが嘆く。
「まあ、そういわないで。交渉はまだ始まったばかりなんですから」
そうSがなだめても、Dの不機嫌は収まりそうになかった。
道中、昼も過ぎた頃に、なにか軽食をとろうとSが言ったので、一行は高速を一度降り、サービスエリアへ寄ることにした。その日はF国の休日で、駐車場の空きを探すためにひどく時間を要した。その事にさらに不機嫌になるD。
「おい、さっさと車を停めないか」
「なかなか停めるところが見つかりそうにありません。先にお降りいただいてもよろしいですか」
運転手がそう言ったので、DとSは先に降りて、食べるものを買うことにした。
しばらくして、運転手から車を停めた、という連絡が来たので、運転手もこちらへ来るようにと伝え、少しの間それぞれ思い思いの休息をとった。
玄関に座り込んだ瑛瑠は、チャールズに待てをする。
「私は犬じゃありません。」
「またお姫様抱っこされたらかなわないもの。」
「……お嬢さま。」
「っ!」
チャールズのひんやりとした両手が、瑛瑠の頬を覆う。ずっと伏せていた顔を、チャールズによって無理矢理上げさせられた。自分でも視界がぼやけているのがわかる。
「どうしてっ……どうしてこんなに関係が拗れるの!?どうしてこんなに嫌なことがあるの!?」
思わずチャールズにぶつけてしまう。八つ当たりだとはわかっている。でも、抑えられない。涙がとめられない。
「私が悪いの?縛られているように感じるのはなぜ?私は誰かのものなの?」
瑛瑠の体が強張る。チャールズが抱き締めたのだ。迷子になってしまって、出口が見つからない瑛瑠を落ち着かせるために。
「こんなことになるなら気付きたくなかったよ……。」
チャールズを受け入れた瑛瑠は、やっと静かに泣き始めた。
帰りは、多少の頭痛のために大事をもって早く帰ることにした。できるだけ、人に会わないようにすぐに教室を出たはずなのだが。
「あれ、今日は図書室に行かないんだね。」
「……はい。」
なぜ今日はここにいるのだろう。
「もう帰るんだよね?送っていくよ。」
「いえ、今日は大丈夫です。」
望は目を丸くした。どうして,と言いたかったのだろうが、それは明るい声に阻まれた。
「いんちょー!あ、瑛瑠ちゃんだ!ふたりとも帰るの?
なら途中まで一緒に帰ろー。」
瑛瑠が口を開く前に望が口を開く。
「ごめんね、歌名。瑛瑠さんと一緒に帰るんだ。」
「え?」
一緒に帰るなんて言っていない。歌名がいることに言及なんてしていない。
「だから、一緒に帰れないんだ。」
歌名は悲しそうな顔をする。
「そっか……。」
慌てて望の腕を掴む。
「待って、長谷川さん。私、あなたと一緒に帰るなんて一言も言ってないです。」
望は望で顔をしかめる。
「いつも一緒に帰ってるよね?」
どうしてそんなこと言うの?まるでそんなことを言いそうな顔である。
頭痛が増していく。
「一緒に帰ろう。」
掴んでいた腕と反対の手で瑛瑠の手が掴まれる。
思わず振り払ってしまった。
「ひとりがいいんです……ひとりにさせてくださいっ……!」
平成最後の夏だから
なんて言われなくてもわかってる
平成最後だから何なんだ
平成最後だからって
夏休みの宿題がなくなるわけでも
何をしても許されるわけじゃない。
なんて冷めたこと言ってたあの子も
最近オシャレに気を使い始めた。
平成最後だから
きっと太陽も本気を出しすぎていて
こんなに毎日暑いんだろう。
平成最後の夏だから
何もかもが特別に見えるんだろう。
平成最後だから…
で全部理由付けるのは
きっと間違っているんだろうけれど。
平成最後の夏に出来た大切な人を
平成最後の夏だから花火に行こう
って誘うのはきっと間違っていないよね
…なんて思いつつ勇気は出ないから
君が誘ってくれるのを待ってるんだよ
瑛瑠の欲しいもの。きっと共有者のことだろう。同じ境遇であろう英人もそうだろうと考えるのは容易い。
目の前にある とは、英人自身がなるという解釈でいいのだろうか。
では、最優先事項とは。
英人は、今1番気付くべきこととも言っていた。その前には まだ、とも。
似た台詞を聞いたことがある。
"どうせ気付いてないんだろ?"
彼の正体がヴァンパイアだと、そういうことではなかったのだうか。まだ気付いていない に引っ掛かりを覚える。
上手と言った英人が直前に気付いていると言ったことは、瑛瑠の体調不良の原因。
瑛瑠は何か繋がりそうなのをひたすら紡いでいく。
挨拶の後に1番に言われたのは体調についてだ。瑛瑠がわかりやすいかどうかの前に、すでに知っていたのだ、原因となりうるものを。それに瑛瑠が気付いていないから、警鐘を鳴らした。
しかし瑛瑠は、その事実を受け入れたくなかった。そしてその理由が非常に人間的なことが、自身を苛立たせた。
慣れが早いのか、流されやすいのか。
ようやく瑛瑠は、現実に目を向け始めた。
扉を開けたら、
咽るくらいに蒸し暑い、のしかかるような熱気と、
軽快に羽を震わせる蝉たちの鳴き声が、
爽やかな青白のグラデーションに混ざり合う。
一歩踏み出せば、混沌の中に引き込まれてしまいそうで。
でも、そのうだるような夏に体を預けてしまいたくて。
立ち止まったら、このまま時が止まって。
同じような白昼夢を、狂ったように見続けることだろう。
例年通りの雨模様
探偵ごっこはおしまいにして
はじける傘を買いに行こう
夏になったら明るすぎて
暗く見えるくらいの青の中
春の残りを探しに行こう