「まぁまぁみんな、そこまで疑わないの」
「でも…」
「―不見崎(みずさき)さんは何もしていない、なんにも、ね?」
笛吹さんは眼を細め、満面の笑みでそう言った。
すると、さっきまで敵意や嫌疑が滲んでいた彼女達から、それらが急激に薄れていった。
「…そう」
取り巻きのうちの1人がぽつりと呟いたところで、授業開始のチャイムが鳴った。
ちょっと前まで殺気立っていた彼女らは、何事もなかったかのように自席へと向かっていく。
「いやー、大変だったねー。何かゴメンねー、あの子たち…」
笛吹さんは笑顔でわたしの方を向いた。
「ねぇ笛吹さん―」
ふとさっき思ったことが、思わずわたしの口をついて出かけた。
「あ、先生来たから続きはあとね。…放課後、誰もいないときに話しましょ」
何かに気付いたのか、笛吹さんはわたしの言葉を手で遮った。
その顔は相変わらずの笑顔だ。
わたしは、モヤモヤした”何か”を抱えたまま自席についた。
さっき笛吹さんが友達たちを制止した時、その細まった目が微かに光ったのは、ただの見間違いじゃなかろうか―
君が食べていた
レモンシャーベット
いつのまにか
ぼくの大好物になったんだ
甘酸っぱい匂いが夏を連れてくる
ある日の恋
もう一回 もう一回
泣きそうな 震える声のあなた
冗談みたい
枯れた大地には 涙の潤いは苦しすぎるよ
予測のつかない フィクションみたいな毎日
いつだって 不確かさ
幻みたい
呆れた顔した僕を 冷めた視線が突き刺す
予測のつかない 感情の激しい動き
いつだって 嘘でいいさ
かがんだ君の胸元にどきりとし
ふと思い出した夏休み
永遠に続くと思ってたな
おちつかない感じで君は僕を見て
レンラク待ってますとつぶやいた
男がロバに乗って旅をしている。男は預言者である。なんてことはなく、腹の突き出た、ただの中年男である。
人間はなぜ自由意思があると思い込んでしまうのだろうか。それは可能性を妄想することができるからだ。
そんなことを考えて、にやにやしているところに、質素な身なりの、まあまあの美女が現れる。男はロバから下り、手綱を引きながら女に近づく。女が微笑む。
「乗るかい?」
「いいの?」
「そのつもりだろ」
二人はロバに揺られながら、話を始める。
「おじさんは何の仕事してるの?」
「油を売ってる。さぼってるって意味じゃないよ」
「油商人ジョークね。……わたし、旅行が好きなの……海外行ったことある?」
「台湾とニューヨークに行ったことありますね」
「わたしはない」
「ないんかい」
不意に女が口をつぐむ。男が振り返ると、女は懇願するような目で男を見てから口を開く。
「わたしの身体に油をかけて火をつけて」
男は動揺して、「なぜ」と問う。女は続ける。
「この世のすべての不幸はわたし発信なの。わたしが死ねば不幸の種が消える。一人の犠牲で世界が救われるの。お願い」
男は女を見つめて言う。
「俺は世界より目の前の愛する人間を優先する」
表情から、女のハートに火がついたのがわかる。
男が満足して前を向き、崖っぷちに来ていることに気づいたときにはもう手遅れ。男と女はロバとともに谷底に落ちていく。
毎度のことと言ってしまえば毎度のことなのだけれど、相も変わらずチャールズは瑛瑠の機嫌を損ねていた。
瑛瑠の部屋の扉をノックする。
「お嬢さま、すみません。からかいすぎました。出てきてはくれませんか?」
理由もまた、毎度のことながらチャールズのからかいによるものなのだけれど。
そして瑛瑠もいじけてしまって答えない。
「レモンティー、ありますよ。」
「……。」
「アップルパイ、食べませんか?」
「……。」
チャールズは苦笑いをする。自分のせいなのはわかっているけれど、こうも拒否されてしまうと、困ってしまう。
「……どうせまたああいうことするんでしょ?」
やっと瑛瑠の声が聴こえる。
チャールズは苦笑する。
「もう、しませんよ。私がお嬢さまに嘘をついたことがありますか?」
瑛瑠は、少しの間を作り、
「……ある。」
そう一言だけ言い捨て、また黙り込んだ。
瑛瑠が出てくるまではもう少しかかりそうだと、チャールズは苦く微笑んだ。
伝わらなかったり
伝わったように
なかなか分からない
お互いの距離は
ちかいところにいるのに
繋がらない気持ちだった
いきなりかぶりつくと歯茎に染みて痛いから
ゆっくりなめて溶かしていく
溶け過ぎちゃダメだから慎重に場所を変える
舌は冷気で張り付きそうだ、スリリングに
いい感じに溶けてきたら、おそるおそるかじってみる
口に広がる冷たい空気と
甘ったるいバニラの風味が心地よい
シャリシャリ系もふんわり系も
おいしけりゃ何でもウェルカムよ
夢中で食べるのは最高だけど
下の方がよく溶けるから気をつけてね
棒に不安定に残ったアイスをなんとか食べ終えた
少し惜しく思って
木の棒をついしゃぶってしまう
もちろん木の味がするだけ
でも、
そこまで楽しむのが、アイスキャンデーの掟
だと言ってみたりする夏の午後4時半 塾の帰り
はなれたところで
だまってタバコに火をつけるきみの
かみが靡くのをみてる
のみかいの帰り
おし流されるように
れんらく先も聞けないまま
さいていな家路をたどる
まンションのエレベーターは4階で停止