運がいい事に、目的地は分かっているので自力で行けそうだ。多分駄菓子屋まで行けば、彼らに会えるかもしれない。
だから大丈夫、そう自分に心の中で言い聞かせた時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「…あ、」
思わず振り向くと、自分のやや後方に見覚えのあるメガネの少年が立っていた。
「…美蔵(ミクラ)?」
「アレ、不見崎(みずさき)じゃん」
彼は久しぶりだな、と言いながらこちらに歩み寄ってきた。
「ここで何してんの?」
「あー…友達とはぐれちゃって。美蔵こそ何してんの?」
「え、僕? 駄菓子屋行くとこだけど」
「あ、わたしも!」
わたしがそう言うと、美蔵は怪訝そうな顔をした。
「…フツー駄菓子屋行くだけで友達とはぐれる?」
「い、いや、何か先行っちゃってさ~」
「ふ~ん」
美蔵はそううなずいてから、ちょっとわたしを小馬鹿にしたように言った。
「…まさか駄菓子屋への行き方が分からないとかじゃないだろうなぁ?」
ただのさざなみ
うみがめの唄声と
ゆりかごのメロディ
台風でもなんでもいいよ。
ここじゃない遠くへ連れてって
雨に降られたい
君に染まりたいように
雨があがれば
君が染まり太陽になるように
あぁ つかれた しんどいな
ソファに沈みこみ動けなくなる毎日
あぁ つかれた しんどいな
誰にも会いたくない日もある
あぁ つかれた しんどいな
部屋に籠り過ぎていく休日
あぁ つかれた しんどいな
誰かに会いたい夜もある
あぁ つかれた しんどいな
…あぁ あなたに、会いたいや
『逃がさない』
やっと分かった意味
離れていく私を
ずっと近くに
分かっていなかったからもう一度
これからも私を
ずっと近くに
これから黒い車を目で追いかけて
これからオムライスを食べるたび思い出して
これからあの曲聴くたび下手な歌声が流れて
これからあの駐車場に行くたびにキスを思い出して
これからあの桜見るたび横顔が浮かんで
これから届くCDは一緒に聴くって言ってたのに
これから私は1人ぐらしするからたまには遊びに行くねって言ってたのに
これからはずっと一緒だと思ってたのに。
私がもう耐えられなかった
あなたからの言葉ひとつに傷つくことが
純粋で 一瞬で 儚い
何者にも染まってしまう
一瞬しか見ることのない 汚れなき白
誰も知らない 見たことのない景色
この世界では存在すら一瞬すぎて
誰も認識出来ない
芸術
誰かを探して あなたを探して
彷徨うようで 何処か哀しげでもある
感情を秘めて
通学途中、駅のホームで、わたしを凝視している中年サラリーマンがいるなと思ってよく見たらわたしだった。
そんなばかな、わたしはここにいる、だいいちわたしは男ではない、中年でもない、女子高生だと自分に言いきかせたが、どう見てもその中年サラリーマンは自分なのだった。
中年サラリーマンが近づいてきた。
「僕じゃないか、何やってるんだ。こんな所で」
わたしはショックで言葉を発することができなかった。
「まさか僕の前に現れるとはね。……とにかく家に戻ろう。まいったなぁ、今日会議なのに」
中年サラリーマンがわたしの手を握り、引っ張った。わたしが振りほどこうとすると、中年サラリーマンは声を荒げて言った。
「いい加減にしろ! 君は僕なんだぞ」
「どうしました?」
若いサラリーマン三人組がわたしたちの間に割って入った。
「いや、この子が……」
中年サラリーマンが説明しようとする。
「お知り合いですか?」
三人組のなかの先輩っぽいのがわたしにきいた。
わたしは首を横に振った。
先輩っぽいのが目くばせした。中年サラリーマンは、後輩っぽい二人にがっしり肩をつかまれ、先輩っぽいのに先導される形でホームから消えた。
電車に乗り込むと、一気に力が抜けた。わたしはバッグからコンパクトミラーを取り出して開いた。わたしが映っていた。わたしはわたしだった。もう大丈夫。