少年が慌てて崖の下を覗き込むが、老爺の姿はもう遥かに下方にあり、見ること能わず。
「……何だったんだ今の」
不審がり考えていると、突然少年の頭の中に大量の情報が流れ込んできた。まるで、『六、七百年生き続けている人間の記憶がそのまま彼の頭に移植されているかのように』!
「うぬぁっ、ぐあああああぁぁぁぁああ……」
そして数分後、それが終わったらしく彼は立ち上がった。しかし、どうやら様子が先程までと違うようだ。
「……くフッ。ヒャッヒャッヒャッヒャッ。これが『俺』の新しい身体か。ちょいとばかし運動不足なんじゃあねえのか?」
一人称まで変わり、まるで別人格に乗っ取られたかのようである。
「まあ良いや。……第十三代嵯峨野吾魂。先代の野望は我が身命の全てを以て果たしてやろうじゃあないか」
どうやらガチに別人格関係のようだ。
「さて、先代の野望とは……?なに、『或る血統の滅亡』?ハハッ、こいつは物騒だ!……え?嘘だろ、件の血筋、残り一人って。つまんなっ。頑張って滅ぼせよ。何でそんな微妙な感じで残してたし。しょうがねーなー。俺が達成してやりますか!」
そう言って、崖とは反対側に歩き出した。
ところが、数歩行ったところで突然、まるで操り人形が糸を切られたかのように倒れこんだ。起き上がる気配が見られない。あたかも、『彼の身体が動こうと考えることを止めてしまったかのように』。
夏が近づいて、日が出ている時間が長くなったとしても、夕方の6時を超えるとあたりはそれなりに暗い。
特にこの街は田舎だから、中心部はともかく駅前なんかから離れてしまえば、街灯は少なく夜は暗い。
別にこの街の治安は悪くはないから平気なんだけど。
それでも人通りは少ないから、小学校の頃は大人たちからは気を付けてとよく言われる。
まぁ、夜道じゃ何が起きるか分からないけど。
物騒なことが起こるとは限らないし、”普通の人が知らないモノ”が、涼しい顔で本領発揮しているかもしれない。
でも、何が起きても別にわたしは気にすることはないと思う。
そもそも、最近かなり現実離れしたことが起きてるし。
しょうがない、”こういうところ”に住んでいるんだもん、諦めるしかない。
そう思った時、誰かとすれ違った。
何気なく振り向くと見覚えのある後ろ姿が見えた。
「―黎?」
思わずその名を呟いたと同時に、その人がちらとこっちを見た。
「…あ、」
だが彼はこっちをチラ見しただけで、そのまま歩き去って行った。
「…」
珍しく知り合いとそこらへんで会えたのに、特に何も起きなくってちょっと虚しかった。
だが彼の姿に、ふと違和感を感じた。
―いつもはリュック持ってるのに、手ぶらで歩いてる。
…いや、そこまでおかしくないかな? わたしはそう呟くと、もう結構暗いな、と家路を急いだ。