「…!」
振り向いてやっと誰かいるのに気付いたのか、彼は慌てて向こうを向いて走り出した。
「あ、待って!」
急に走り出したものだから、思わずわたしは呼び止めようとする。
「…ちょっと…」
数歩くらい小走りしたところでやっと彼は立ち止まった。
「“サイレントレイヴン”…」
「…長い」
ぽつり、と彼は呟いた。
「へ?」
「…もう1つの名前は長い。だから“レイヴン”でいい」
そう言いながら、彼はこちらを振り返る。
あ、そう…とわたしは言いかけた時、わたしはあるものに気付いた。
「…ネコ?」
薄闇の中にいるレイヴンの腕に、濃い灰色のネコが抱えられている。
「…」
本人はあんまり見られたくないのか、抱えてるネコをこちらから見えないようまた向こうを向こうとする。
「…ていうか、フード、被ってないんだね」
いつもはパーカーのフードを被っているのに今は被ってないことに気付くと、彼は言われるまで気付いていなかったのか、慌ててフードを深く被った。
心無い言葉を 心に無理に仕舞わないで
夜明けの前に明日への自分に願いを込める
夜の海に潜ってゆけ
眠れない街に灯りを灯す
明日への不安は夜の底へ置いてゆけ
布団の中でなら君は無敵さ
夢を見たら負けか 気づいたら負けですか
夜明けの前に明日への自分に願いを込める
眠れない夜の海は今夜もまた
人の目から溢れたもので
誰かの心を包み込むの
君の明日は明日が決めるから
安心してよ
自分だけにしかない自分の存在価値を探した
先哲の考えはどれもきっと正解だった
でも空っぽなままのパズルにそれが嵌るとは思わなかった
きっと思うに
ぴったり嵌ったらピースの細かな形など忘れるだろう
あれだけ悩んでいたことが全て吹き飛ぶことを
ある意味で盲目とも思う
見つけ出したもの以外を見ていないのだと思う
それでいい
それがいい
何も見つけ出していない僕は
何も見えなくなるのが怖い
ころころ ころころ
小さな飴玉ころころり
ほんの少し寂しい気持ちを
ほろほろとかして
ころころん
ぷくっと小さくふくれた頬は
先生だって気づかない
ほんのちょっと悪い味 甘い味
飴玉ころり
喉に消えてく
生ぬるい風が降り注ぐたび
心の水面はピンク色に
とってもあたたかいね 私たち
スワンボートに乗れば
あなたは必死にペダル漕ぐの
クローバーの上 肩合わせ
幸せは探すものだと思ってた…
桜吹雪にだまされて
この湖までやって来たけど
このまま散ってくのが怖かったの
冷たい風が駆け抜けるたび
心の水面に縞模様広がる
すっかり冷めてしまった私たち
ボート乗り場は閑古鳥と
2匹のスワンが鳴き叫んでる
この恋はエサをあげても
あの鯉みたいにはつれないの…
木枯らしに吹かれて
この湖までやって来たけど
このまま枯れてくのはもう嫌なの
ひとめ
みたくて
遠まわりしたり
焼きたて
片手に
訪ねてみたり
電車をひとつ逃したり
照らされてみたいのです。
鬼ヶ島よりおよそ3kmの海上に一艘の小舟があり、そこには桃太郎、犬、猿がおりました。そこに雉が戻ってきました。雉の言うことには、
「あー、ありゃ無理っすわ。鬼とかマジもんの化物じゃないっすか。背丈八尺はありましたよ。正直言って俺らで勝てる相手じゃないですね」
「まじか。それ勝てんの?割と勢いで家飛び出しちゃったけどさ」
「ここから遥か北東の地には、八尺近くある熊が出るって話ですが」
「何だって!よくやった猿。そいつ仲間にしてから行くぞ」
「けどそんな悠長な真似してられますかね?」
「おや犬。どういうことだ?」
「いや分かってくださいよ」
「それもそうか。誰か何か良い作戦無いか?」
「不意打ち」「奇襲」「こっそり行ってガッと」
「いや全部同じやん」
「そうだ、キビダンゴを海にまいて魚に協力してもらうってのは」
「どうやって」
「まず魚が鬼ヶ島に突っ込む。そしたら鬼は思わぬ収穫に夢中になる。そこを一体ずつこう、ガッと行って」
「そんなことに魚が協力するか?」
「さあ?」
「そもそも桃太郎さん、何で弓の一張りも持ってないんすか」
「あんまり荷物多いのはちょっと……ね」
「重いの嫌だっただけかい!」
「何を言う!体積が大きくなるのも嫌だぞ!」
「そういう問題じゃねえ!」
「…」
そこにいるのは誰なのか、気になって細い道に少し足を踏み入れてみた。
こちらが近づいて行っても気付かないのか、人影は建物の壁に寄りかかって動かない。
2、3メートルくらい細い道に入って行ったところで、そこにいるのがなんとなく誰か分かった。
確実に面倒な事になることになるだろうし、わたしの見間違いかもしれないけれど…その名をちょっとだけ呼んでみた。
「黎…?」
人影は動かない。
聞こえていないのかな、ともう1度呼んでみたが、反応はなかった。
無視されているのかな…と思って諦めかけた時、ふとある可能性に気付いた。
まさか…と心の中でつい呟いたが、無視されそうだけどと思いながらも、”その手”を使ってみた。
一応ちゃんと声が届くようにわたしは1歩くらい前へ出た。
「…”サイレントレイヴン”…?」
くる、とゆっくり彼は振り向いた。
その目は灰色がかった綺麗なアイスブルーに光っている。