蒸されて曲がる 夜のアンテナ
折る予感 背中に積もる 夜明けが
君のシルエットの中に
揺れて 逃げていく
意味の無い夜と 意味のある手振り
君の愛を少しだけ
シミの無い心 チラつかす素振り
キリのいいとこで止まれ
蒸されて伸びる 夜のアンテナ
取るに足らないはずの 一夜さえ
君と水辺の愛の国
触れて 見えてくる
とりあえず、まずは元来た道を全速力で引き返し、逃げ回りやすい大きな通りに出る。人の多い時間帯なら人ごみに紛れて逃げられたんだけれど、時間が時間だから仕方がない。
宮城モドキはゾンビめいた雰囲気とは裏腹に、結構なスピードで追いかけてきている。
また腕を伸ばしてくるかもしれないので、十分な距離を保つように注意しつつ、向こうを撒けることを期待して何度か脇道に入って逃げ続けているけれど、奴はどうやってこっちの位置を捕捉しているのか、確実に追いかけてきている。
向こうの足が速すぎたのもあって、逃げ回り続けるうちにすぐに息が上がってきてしまった。このまま逃げ続けてもすぐに追いつかれるだろう。
(……ちょっと行儀が悪いけど、仕方ない)
目についた家の塀を乗り越え、庭に隠れさせてもらう。庭いじりに積極的なお家なのか、隠れるのに丁度良い低木や岩がそこら中にあるのが助かる。
べちゃべちゃという奴の足音が隠れている家の前を通り過ぎ、数秒後、引き返してきた。
枝の陰から覗いてみると、家の門の前で私のいる方をじっと見ている。思わず一歩下がると、足元にあった枝を踏んでしまったようで、ぱきっ、という乾いた音が短く響いた。
マズい、と思う間もなく、奴が泥だらけの両腕をこちらに伸ばしてきた。
私まであと50㎝も無いところまで腕が伸びてきたその時だった。私のすぐ背後で、太く低い獣の鳴き声が聞こえた。私が肩を跳ねさせるのと同じように腕もぴたりと動きを止め、腕を引っ込めて元来た方向に立ち去って行った。
改めて背後を確認すると、赤い首輪を首に巻いた柴犬が、私を見上げていた。あの鳴き声が出せるとはとても思えないけれど……。
「……あ、ありがとう、ございます……」
どうにか柴犬にそれだけ言うと、柴犬は誇らしげに鼻を鳴らし、3mほど離れた犬小屋に引き返していった。柴犬が振り向く瞬間、何か大きな獣の姿が重なったような気がした。
むかしむかし、あるところにすぐに記憶が消えてしまう人がいました。
その人は何を食べたのか何をしたのかどんな人生を歩んできたのか友人や恋人との思い出も何かも。しまいには自分の名前さえすぐに忘れてしまうのでした。でも、一つだけ絶対に忘れないものがあったそうです。それは大好きな恋人の名前でした。その恋人は聞きました。
「どうして、私のことだけは覚えてくれていたの?」
その人も首を傾げしばらく考えて答えました。
「たぶん、世界で一番大切で大好きだからです。」
そう言って、その人はニコリと優しく微笑みましたとさ。おしまい。
「いやどういう事って言われても」
「何とも言えんよなぁ」
ネロと少年はそう言って笑い合う。
「…ま、知り合いみたいなもんさ」
ネロ達とは、ねと少年は言った。
「し、知り合い?」
わたしが聞き返すと、少年はそう、とうなずいた。
「知り合いとも言えるし、顧客、とも言えるな」
え、こきゃ…とわたしが言いかけると、少年はハハハ、と笑う。
「ま、そんなもんだよ」
そう言って、少年は両目を光らせるのをやめた。
そしてこう言った。
「俺は角田 海敦(すみだ みつる)、またの名を…ゴブリン」
よろしくな、異能力を知ってしまった常人、と少年はわたしに笑いかけた。
「ミツルの異能力は人の行動を読む能力なんだ」
だから何をしてもコイツの前ではお見通し、と耀平は説明した。