「ふーん」
鷲尾さんはそう言って腕を組む。
「ねぇ、坂辺さん、坂辺さんはどこの部活に入るの?」
亜理那がそう聞くと、坂辺さんは軽くビクっとしてから答える。
「え、えーと、まだ、決めてない、です」
「そっかー」
亜理那はニコニコ笑う。
そんな様子を見ていると、不意に鷲尾さんに目が留まった。
鷲尾さんはわたしの隣にいる坂辺さんにじっと目を向けている。
「鷲尾さん、どうかした?」
わたしは思わず尋ねる。
「…いや、何も」
鷲尾さんはそう言って首を横に振る。
…と、ここで授業開始のチャイムが鳴った。
あ、じゃあね、とわたし達はそれぞれの教室へと戻って行った。
まるで韓国のKTXの鼻の部分を潰して平たくしたような顔の車両がガール・ドゥ・ノル10番線に20両編成で停まっている
カレー・ヴィル行きのTGVだ
「お二人さん、そっちは途中のダンケルクまでだけど僕は終点まで乗ることになってるのでよろしく」と幼馴染が声をかける
そして、4人がけのボックスに3人で座ると後の席の客の話し声であることに気付く
「これも運命か」と呟くと「運命?どう言うこと?」と訊かれたので「後ろの席の話し声、ロシア語だ。しかも、声の主からすると俺の元カノ4人組…絶対復縁迫ってくるだろうな」と答えると「池田屋かな?」と彼女がボケてくるので「それも、長州視点のね」と返し、様子を窺う
実際にその客が近くに来て元カノだったことが分かり、気付かれて復縁要請されたが、彼女に話を合わせてもらって福岡をはじめとした日本各地の方言を使い、俺は拙いロシア語で「俺は日本の田舎者で君たちが探している人じゃない」と言って無理矢理押し切った
「あんなのでよく乗り切ったね」と皮肉を込めて幼馴染が声をかけると「東京でもよく使われる相模弁とか多摩弁が自然と出ちゃってボロが出そうでめちゃくちゃ焦った」と返す
彼女からは「あんなの、思いつかん」と言われ、皆で笑っていた
それからおよそ20分、ダンケルクの港のすぐそばにある駅に着いた
俺たちは「ブリテンで会おうぜ」と決め台詞をかまして颯爽と降りる
かつて訪れたブルッヘやハンブルクを彷彿とさせる潮風が西から吹き抜ける
「ここ、パリだけじゃない。ベルリン、ロンドン、モスクワ、ウィーン、ベオグラード、ブダペスト…こうして見ると、どこもヨーロッパの都ってのは大河に沿って建てられているんだなぁ」昼間のセーヌを見て改めてそう呟くと
「東京も大河に沿っているんじゃないの?」と彼女が訊いてくる
「東京は大河に沿っているわけじゃないよ。大河と大河の間にあった低地と台地の間の町さ。元々江戸の頃に台地を削って入江や湿地を埋め立てて、城の堀とそれに続く水路を幾重にも張り巡らせて市街地を作ったんだ。台地に多いのが武家屋敷さ。ちなみに俺の故郷は御三家の一つ、尾張の屋敷の町だよ。でも、江戸の大衆は海を埋め立てた低地に住んでいたから井戸水は海水が混じって飲めなかった。生活の上で必要な水を多摩川から引っ張って来るために掘られたのが玉川上水で、新宿の近く、四谷の大木戸で江戸市中に入っていたんだ。」と解説すると「東京の歴史、まだまだ知らないから教えてね」と上目遣いで返して来る
敢えて少し屈んで目線を合わせ「なら、君のことももっと教えてくれよ」と返すとムードをぶち壊す一言がロンドンまで行動を共にする幼馴染から放たれる
「お二人さん、時計見て」言われた通りに時計を見て気付く
ユーロスターには間に合わないことに
「どうする?後続便乗るしかないのか?」と訊くと「後続便乗るくらいなら、到着時間は遅くなるけど安いフェリールート使いな。ダンケルクから行くか、カレー経由で行くか決めて。イギリス側の港は同じだから、僕は2人が選ばなかった方で行く。それでいいっしょ」と返ってきた
「じゃあ、ダンケルク経由にすっか?」「よかよ」と案外あっさり決まった
「ダンケルクなら、30分後だから今すぐ駅に行けば良いね。さぁ、行ってこい!」「ドーバーで会おう」そんなやり取りを経てパリ北駅へ急いで向かう
「頑張れ、受験生!」
この言葉を少しずつ耳にするようになった。
この言葉を聞くと冬の訪れを感じるのは、
私だけなのだろうか。
高校生の頃の自分は
大学生になったら
少し大人になれると思っていた。
キラキラしたことが多いと思っていた。
でも、そんなに単純ではない。
大学生になった今、
悩みもあるし、泣きたい日だってある。
辛いことも苦しいこともいっぱいある。
そんなことを考えていたある日。
私が乗っている電車に、
大きなリュックを背負った
1人の高校生が乗ってきた。
そして、私の1つ前の席に座ると、
必死になって参考書を見つめている。
でも彼女はとても楽しそうだった。
私が参考書と友達だったあのころ。
辛いこともあったが、
それに勝るぐらい、毎日が輝いていた。
それは、
今という一瞬一瞬を
全力で楽しみたいと思っていたから。
受験勉強を楽しみきろうと思っていたから。
(今を楽しまないともったいないよ…!)
目の前にいる高校生が
過去の自分のように思えた。
自分が今いる環境のなかで
めいいっぱい楽しんでやろう。
ふと空を見上げると、
雲ひとつない青空が
私の頭上には広がっていた。