「あんまり気に入らないね、ああいうやつが生き残るのは」
「おい、まさか戦おうって言うんじゃ…」
「そのまさかだよ」
智也は見せたことの無い笑顔を浮かべていた。
「でもどうやってやろうか」
「おいおい、あいつは今止まってるやつから順に狙うって言ってたじゃねーか、勝負を急がなくたって」
「じゃあ守はいいの?あんなやつと一緒にされるの」
「それは…嫌だけど」
「でしょ?せっかく生き残れそうならその辺もこだわりたいじゃん」
智也の笑顔は濁ることもなかった。
ため息を大きくついて自分を納得させる。
「…わかったよ…でも!やばかったらすぐ逃げるからな」
「OK!やっぱりやってみなくちゃね!」
言い終わるのを待たずに智也は走り出した。
「ったく…お前1人じゃ無理だろ!」
それを追って走り出す。
時間が止まっている影響か若干体を動かす感覚が通常とは違う。
「はぁぁ!!」
智也は飛び蹴りを繰り出す。
「は?なんのつもり?」
相手も相手で驚く様子もなく受け止める。
「そりゃあ、戦うためでしょ」
笑顔はますます輝きを増している。
相手の無表情との落差がそう思わせるのか…
「せっかく生き残れるのにわざわざ殺されに来るなんてお前ら…馬鹿だな」
相手は左手をそっと俺らの方へ向ける。
「お前らから先に処刑してやるよ…光栄に思え」
ほんとに…ここ来てからろくなことがない…
冷めた交換ノート、秘められた数ヶ月
最後の思い出も、どうか幸せなままで
二度と動かない11月、そこに在った日々は確か
懐かしむ頃に新しい想いを抱えられたら。
白銀の世界にも夜は来て
ぼわりとあかるい
あかりよ
どうか視えない今日、明日、てらし続けてくれ
たとえわずかでも
たとえ季節のようにまたたく間にながれでてしまうものでも
このひとときだけでも
このひとときだけでも
どうか
苦しみや孤独や悲しみからなにかを学ぶ事はあるかもしれません。
ですが苦しみや孤独や悲しみから胸を痛める必要はないのです。
「あ」
道連れが短く声をあげ、足音が一つ減った。俺はまだ歩き続けてるってことは、あいつが立ち止まったのか。あいつのいた方を見ると、砂に足を取られて躓いたのか、うつ伏せに転んでいた。
「……何やってんだ」
「…………」
あいつは顔を砂にうずめたまま答えない。何かヤバい気配がする。
「……これは、良くないね」
喋った。生きてはいるらしい。
「喋り過ぎた。体力がもう無いや」
「無駄話してるからだろ」
「何も言わないでいると、精神的に良くない気がして……」
あいつは立ち上がろうと手を砂に付いてはいるが、全く身体が持ち上がる様子が無い。
「……私はもう駄目みたいだから、構わず先に行って……」
冗談を吐く余裕はあるようだな。
「馬鹿言え。お前の異能無しにこんな場所歩けってのか」
「でも私、20㎏入りのお米より重いよ?」
「それより軽い奴がいたらビビるわ」
異能を使い、自分の姿を変える。爬虫類と猛獣を混ぜたような、体長3m近い胴体。砂に沈みにくい、長い指を具えた脚が4本。4本指に長い爪、鱗の生えた腕が2本と、飛ぶのには使えない、ただの飾りの皮膜翼が1対。便宜的に、自分の中で『石竜』と呼んでいる姿だ。
「足になってやる。お前が鼻になれ」
「そこは目じゃ無いん……わぁっ」
あいつが顔を上げ、眼球の無いワニみたいな顔面に驚き、変な声をあげた。
昔から、小説を閉じた直後は、その小説の語り部が勝手に私の脳内に上がりこみ、私の世界を描写していた。誰にも話したことがないから、この状態が普通なのか、そうでないのかわからない。
自分が見ている世界は、何もしなければただの映像でしかない。
昔の映画には、音声がなかったという。音楽はその場で奏でられ、活動弁士という人が内容の解説をしていたそうだ。
私自身が見ている世界の映像は、幸運にも、無音ではない。しかし、所詮映像は映像だった。それ以上でもそれ以下でもなかった。私と同じように、それでは味気ないと感じた先人たちは、その情景を歌に詠み、詩を編み、彩ってきた。彩色されたその世界は、現実より有意義で、豊かで、美しく見えた。
これを書いている今、ある語り部が私の頭の中に、勝手に上がりこんでいる。つい先ほどまで、私は彼のエッセイを読んでいた。
私は彼が好きだ。彼ほどに人間としての魅力に溢れた人を、私は知らない。
そんな彼のエッセイに触発され、私も少しエッセイを書いてみようと思った。
どれくらい続くかは私にもわからない。
それでも付き合ってくれる方がいるのなら、どうか、共に楽しんでいこう。活動弁士が彩色する世界を。
何故、生徒のいない三階を通ってはいけないのか。
気になったので確かめることにした。
十中八九規則を遵守させるためだとは思うが、注意され行動を規制されたことに対する反抗心もあって、確認というよりもそういった目的の方が大きかった。
時刻にして五時四十五分を回ったところ。四階から西階段を下りて、図書館前まで来た。
怖くはなかった。強がりではない。本当に怖くなかった。それどころか楽しくなってきた。薄暗い廊下。橙色に輝く斜陽。通ってはいけない場所を通る背徳感。その中で廊下を一階分、ただ突っ切るだけだ。微少の高揚感以外に特筆すべき感情はなかった。
歩いている途中、やることもないので惰性で教室内を覗く。
案の定人はいない。教卓と幾つかの机と椅子が端に寄せられている空き教室と、特別支援学級の教室がおおよそ交互に並ぶ。特別支援学級の教室も普通学級より少し賑やかな印象があり、机が五つ程度であること以外に目立った差はなかった。
各教室には空き教室以外はクラス名が書かれた札が掛かっている。特支1、空き、特支2,空き、ランチルーム、特支3,空き、特支4、特支5……順々に見送り、遂にあと空き教室一つを過ぎれば東階段というところまで歩いてきた。これはかつて特支六組だったところだ。
特に面白いこともなかったかと思いながら、最後の空き教室の中を覗く。
他の空き教室と同じく殺風景なものだったが、少し違う点があった。
黒板の左端の方。黒い影がそこにあった。
よくよく目を凝らしてみると、それが何なのかが分かった。