ガラス戸を開けて外に出ると、外は曇り空だった。
雨じゃなければいっか、と黒羽は肩にカラスを乗せたまま歩き出した。
…黒羽の住む街外れはとにかく和風建築だらけだ。
昔からある古い家ばかりで、いつも見ていると飽き飽きしてくる。
しかし流行りの洋風建築が増えている街の中心部も、なんだか黒羽には性に合わない。
だからこの街外れに留まっているのだ。
もちろん、街の中心部には自分の居場所なんてどこにもないからと言うのもあるのだが…
「…」
黒羽は見慣れた街並みを眺めながら歩き出した。
「なぁ、お前」
左肩に乗るカラスが黒羽に話しかけてくる。
「さっき夢は見てないとか言ってたけど、本当は見てたんだろ」
黒羽は思わず足を止める。
「…やっぱり、見てたんだな」
オレ様にはお見通しさ、とカラスは笑った。
「で、どういう夢を見てたんだ?」
教えておくれよとカラスは黒羽の顔を覗き込む。
「…」
黒羽は暫くいやそうな顔をしていたが、すぐに諦めてこう語り出した。
「昔、屋敷にいた頃の夢だよ」
そう言いながら黒羽はまた歩き出す。
「正妻の子じゃないからって理由で疎まれて、屋敷の離れに閉じ込められていた、あの頃の夢」
そう聞いてカラスは、今もあまり変わらなくねぇか?と呟く。
「だってお前、ちょっと前に屋敷から追い出されて、街外れのあの家に引っ越してきたばかりだろう?」
場所が変わっただけで、屋敷の人間から疎まれていることに変わりないじゃねぇか、とカラスは続ける。
私の願い、それは皆様が幸せでいること
欲を言えば、あの人が幸せであること
それが私の幸せでいることになるのです
皆様の幸せ、なんですか?
代償を払わずに何かを得ることは強欲である。
犠牲というのは何事にも付き物だ。何事にも憑いて回る。平等というのはよく忘れられるが犠牲の上になりたっている。平和も「死」と言う犠牲の上になりたっている。何かを叶えたいなら何かを捧げなければならない。それは時間だったり、労力だったり、、、
それを、その欲を抑えるかは貴方次第だ……
それが「願い」に変わるか、「望み」に変わるか、
ただの欲のままかは
「でもね」
光ちゃんはさらに続ける。記憶から抜け落ちたその言葉に私は大事なことを思い出させられた。
「わかんないから全力で相手を思いやることができるんだよ」
思い返せば私は最近予測ばかりだ。
相手を、守りたいものを思いやっていただろうか
そんな今の私の逡巡を待ってくれるはずもなく、私の体は逃げるようにフェンスを登り始めた。
「待って!闇子ちゃん!」
「うるさい!光ちゃんの言葉は私を惨めにするだけ!これ以上私を…傷つけないで!」
今になってみれば私はかなり酷いことを言っている。
しかし当時の私にとってはそれだけ憐れまれるのが屈辱だったのだ。
もうすぐ左手がフェンスの上につく。
その時見上げた私の視界に光ちゃんの右手が入り込んでくる。
「なんで…?」
「全力で思いやるって言ったでしょ?あなたが惨めにならずに自殺を踏みとどまってくれる方法を探してる!」
私の死んだ目まで潤さんばかりに目を輝かせて素っ頓狂なテンションで光ちゃんは言った。
「そんなものない、もうすぐ私は飛び降りる」
「ならちょっと強引だけど力ずくで止めるよ」
左手はフェンスの頂点をつかみ、体を引き付ける。
視界から一瞬光ちゃんの右手が消える。
これで死ねる…
辛いだけの現実とはおさらばできる…
「だから、止めるって言ってるでしょ」
光ちゃんは私の足を掴んでいた。
「ウザい!何度も言わせないで!」
私は光ちゃんを何度も蹴る。どんなに心が傷んでもその足が止まることはない。それでも彼女は少しずつ登り、再び私の視界に入り込んできた。
「わかった…そこまで言うなら私も一緒に死ぬよ」
「え?」
私には記憶通りだが当時の私には驚きしかない。
その驚きに思わず、力が抜け、手が滑ってしまった。
「あっ…」
体はフェンスを乗り越え、宙へ投げ出された。
懐かしい感覚だ…気持ちいい…
「闇子ちゃん!」
後ろから聞こえる光ちゃんの声に振り返ると彼女は私の体を抱きかかえた。
そこで視界が途絶え、気がつくと私の体が下敷きになっている。
「え…?」
そうして私は初めて人と体を入れ替えた。
私は光の体を、命を奪ったのだ…
to be continued…
矢印を数十個辿りつつ歩いて1時間も経った頃だろうか。ようやく奴らを見つけた。あの女王さまに道連れ、その他知らない顔が何人か。その場の異様な雰囲気に馴染んでいる様子から、全員異能者なんだろう。
「ん、お前か怪獣。ご苦労だったな。良いもの乗ってるじゃないか」
砂が固まってできたパラソルの下で、水の塊をクッション代わりにして寝そべった女王さまがこっちに手を振ってきた。
「このや……この女郎……」
殴ってやろうかと拳を握りしめると、別方向からも話しかけられた。
「あ、おかえりー。何か頑張ってくれたみたいじゃない」
道連れも砂でできたデッキチェアに腰掛け、素足を地面からわき出す水に浸しながらこっちを見ている。とりあえず片手を挙げて応える。
「わん」
また別の声。こっちは聞き覚えがある。
「……その声、狼か」
「うん」
女王さまと同じか少し下くらいの年齢の、狼の耳と尻尾を生やした少女が、別の少女に捕まっている。
「さすがにあの竜巻は私じゃ破れなかったから助かった」
「そうかい」
「こっちはうちのお姫様。雪を降らせてた異能者」
そいつも会釈してきたのでこっちからも会釈で返す。
「何だよぅ、私にだけ邪険じゃないかぁ?」
女王さまがわざとらしくすねたように口をとがらせる。
「うるせえ。パシってきた奴に振り撒く愛想なんざ持ち合わせてねンだ」
ビビらせてやろうと火を吹こうと口から肺にかけて部分的に怪獣化し、牙を打ち合わせた時だった。
「駄目だよ、きみ」
誰かの手が背中に触れ、身体の動きが突然に止まった。
寂しいはずがない
私は元々とうの昔に死んでいたはずの人間だ。
どう死のうが、気づかれようが、気づかれまいが
どうだっていい。
ただ…
“私”に向けられた狂気も私が差し向けたにすぎない。
私はまた…逃げるのだ。
誰かに全てを押し付けて…
そんなことを考えてる間に意識は遠のいていった。
“ここは…?”
見覚えがあるが名前が出てこない。
“確か…小学校の…”
「屋上」というワードが浮かんだ途端、記憶が次々に呼び起こされた。すると背後から
「待って!闇子ちゃん!」
懐かしい声がした。私がフェンスに手をかけてもないことに気づいたのかその声の主は足を止めた。
「ごめんね!私…」
上がった息はたまに言葉を途切れさせ、その焦りを私に突きつけてくる。
「私…何もできなくて…気づいてあげられなくて!」
あの時と全く同じセリフ。
「それでいいの!光ちゃんは私なんかに関わらなくていいの!」
私は今の意思とは関係なく記憶通りのセリフを口にする。
そうか、これはただの記憶なんだ。
なのになんでだろう…胸が苦しくなるのは…
「そんなことないよ!人の価値に差なんてない!闇子ちゃんはもっと輝けるんだよ!」
「そういうのがウザいってわかんないの!?」
優しさに素直になれないのはこの時から変わらない。
「…」
右手を伸ばそうとして躊躇する光ちゃんの姿に申し訳なさを感じつつも当時の私は畳み掛ける。
「光ちゃんに私の何がわかるの?あなたみたいな優等生にいじめられる側の気持ちもいじめる側の気持ちも分かるわけない!」
記憶は残酷なほど鮮明にその語気の反動を私に感じさせる。
「…わかんないよ…」
涙声で俯きながら光ちゃんが小さく言った。
「いじめるとかいじめられるとかそういうのじゃなくても人の気持ちなんかわかるわけないよ」
かつての自分の残酷さに打ちひしがれているところに光ちゃんの声はよく響いた。
to be continued…
おおむね定刻通り、正確には30秒遅れで俺達を乗せた電車は横須賀中央の1番ホームに滑り込む
「懐かしいなぁ…高校の卒業旅行以来か〜」
思わずそう呟くと嫁が「高校の卒業旅行?そう言えば中学時代の卒業旅行は聞いたことあるけど高校時代は聞いたことなかった」と言って上目遣いになってるので歩きながら話すことに
「俺が君に恋しても会えなくて、一時期めちゃくちゃ苦しんだことは話したっけ?」と訊くと「それは聞いたよ。確か、あまりにも辛くて傷心旅行であの鉄道旅行ったんでしょ?」と返ってきたので「そうだよ。でも、話はあの旅の前に遡る。俺は元々福岡に行く予定だったんだけど、母さんがどうしても韓国の親戚に会いたがってて、それで韓国に行ったんだ。その時、韓国の南海岸に行くことになったから、釜山の港から福岡まで俺だけ船で行く予定を考えたんだけど、宿が取れなくて、高速バスも取れないし、なんなら新幹線はグリーン車しか空いてない、飛行機もダメで帰京できなくて諦めたんだ…それで、仕方ないから中学時代のメンバーで当時の場所を巡るというのを一気に前倒しして、2月のうちに、河津桜と菜の花が咲き誇る綺麗なうちに行くことを提案した。でも、メンバーの1人が勝手に先輩たちに呼びかけて3月に延ばすわ、他の1人は俺が韓国に飛ぶその日しか予定が空いてないって言われてヤケクソになって自分だけ行ったんだ」と言うと嫁は黙って聴いてる
続けて、「その時も今と同じ『みさきまぐろきっぷ』で横須賀中央で途中下車して三笠に行った。
そこのモールス信号打電体験ブースが空いてたから、長文だけど『キュウシュウノ,フクオカニイルアノコニアイタイ。ソシテ、アノコニアエタラ、イマデモダイスキダ。オレハキミノシアワセヲイノッテイルガ、モシコンナオレデモスキデイテクレルノナラ、カノジョニナッテクダサイ。ソノトキマデマッテマストツタエタイ。ハヤク、キミニアイタイ』と打ったんだ。そしたら、自分でも知らないうちに大好きな君と結ばれて、君は俺の彼女になるどころか今じゃ大好きな奥さんになってるんだ。全く、運命ってのは何があるか分からないな」と言って笑うと嫁が「伝えたいことはあるけど、直接じゃ恥ずかしいからモールス使うね」と囁くので何を言われるのかドキドキしながら記念艦に入ると嫁がモールスを早速打っている
その姿は陽の光を浴びる海面に反射して輝いている