「お、いいじゃん」
露夏はそう言いながら夏緒と同じ目線までかがんで夏緒の頭を撫でる。
「他にも生えてるんだよー」
夏緒は近くの花壇に目を向けた。
そこには元々植わっている花々と一緒にたんぽぽの花や綿毛が生えていた。
「…これ、露夏ちゃんにあげる!」
夏緒が露夏に綿毛を差し出すと、露夏はお、ありがとうなとそれを受け取った。
「よかったじゃない、お前」
夏緒ちゃんからのプレゼント、と青髪のコドモ…ピスケスは露夏に笑いかける。
「もー、そういうこと言うなよ〜」
照れるだろ〜と露夏は恥ずかしそうに頭を掻いた。
…とここで夏緒は何かに気付いたのか公園の滑り台の方を見る。
そこには4、5歳くらいの少女が立っていた。
「あ」
夏緒は少女を認めると彼女の方へ駆け寄った。
「あげる!」
夏緒は少女に綿毛を差し出す。
「いいの?」
「うん!」
きみにあげる!と夏緒は笑いかける。
夢はいくらでも叶えられる
ちっちゃなことでも夢は夢だ、叶っている
叶えられてきた、当たり前のことだ、望んだんだ
今までの想い、行動の結果が"今"だ
今は未来の自分にとっては過去
過去を変えたきゃ、今を変えれば良い、それだけのこと
夢は叶うではなく、叶えるだ
夢は待ってるだけ、自分から迎えに行くんだ
やれば良いんだ、当たり前のことだ
もう夢は目の前に居るんだ、長い目で眺めよう
私は夢を叶えるために…
この気持ちを忘れないこと、想い続けること、継続は力なり
時、たぶん真夜中。場所、海の中。
海面から数m。月と星のおかげで思ったよりも暗くない、塩っ辛い水中で、わたしは動けないでいた。
全ては体感10時間くらい前に遡る。100体弱の大型インバーダの大群が、わたしの配備されている都市の近くに出現した。そのまま侵攻すれば、わたしの担当区域にまでやって来るし、出現地点周辺の軍隊やモンストルムだけじゃ対処しきれないってことだから、わたしや仲間たちも駆り出された。
戦況はひどいものだった。
向こうはただでさえ巨体のせいで破壊力があるというのに、その上熱線による射程戦までこなすというのだから、人間の軍隊にはまず勝ち目が無い。モンストルムですら、小さな人型で熱線を浴びれば一瞬で蒸発する。それで何人か死んだ。
怪物態で応戦した子も、格闘戦の末にひどいダメージを負った。3分の1は熱線で首を飛ばされるか心臓を貫かれるかして死んだ。3分の1は肉弾戦で急所を叩き潰されて死んだ。わたしを含めた残りは、辛うじてインバーダたちを押し返して、結局負傷がひどくて動けなくなった。わたしは人型に戻る中で海に落ちて、そのまま海流に押されてだいぶ沖までやって来てしまった。
わたしは泳ぎが得意だから、流血で染まった海水を辿って対策課の人たちが回収に来るまで浮いているくらいならできると思っていた。
けど、考えが甘かった。空が赤らんでも、陽が沈み切っても、月が昇ってきても、人間の気配の一つすら近付いてこなかった。
さすがに力尽きて、身体の力が抜けていくのにつれてどんどん沈んでいった。
別に鰓があるわけじゃないから呼吸もできないし、水面に上がりたくても、血を流し過ぎて動けないし、もう死んでいくんだと思った。
諦めて目を閉じたその時、遠くからモーターの駆動音が近付いてくるのに気付いた。再び目を開いて、音の方に目を向ける。あまり大きくない船がこちらにやって来ているようだった。
やっと回収に来たんだろうか。死に体に鞭打ってどうにか水面まで上がり、舳先にどうにか掴まる。死力を振り絞って身体を持ち上げると、知らない老人が三叉の銛をこっちに向けていた。どうやら対策課の人間では無いようだった。
けど、そんなことを気にしている余裕はこちらにも無い。現状唯一の脅威である銛を掴んでへし折り、船の上に身体を投げ出し、そのまま気を失った。
勉強するのは学生だけじゃない、大人もだ
大人になってこそ、学ぶべきことがたくさんある
知りたいこと、知らなきゃいけないことが、たくさんある
「魔導士のローブ」
魔導士資格を得た際に渡されるローブ。
所謂資格証明書と同じである。
普通の鎧程度には強度があり、魔術、炎にも耐えられる。
これは、魔導士が害獣駆除等も請け負う為である。
リンネは、更に魔術を重ね掛けする等してカスタマイズしている為、破壊はほぼほぼ不可能である。
以上の様に、とてつもない強度を誇るが、熱気、衝撃は無効化することができない。
つまり、瓦礫に突っ込んだ時に、瓦礫で切れることは無くても、その衝撃で骨折することはある。
又は、炎で燃えることがなかったとしても、その熱気で火傷することがある。
「ただいまー…はぁ…聞いてよー!私ね、ワクチン打ってきたんだ」
桃が言うと、ふわふわで純白の熊の妖精がゆったりと首を傾げた。
「ワクチン?腕いたいいたい?」
「うん…いたいいたい…」
桃は右利きなので左肩あたりに打たれたわけだ。左腕を庇いながらベッドに腰掛ける。
「注射って痛いときと痛くないときあるよねー」
「うーん…注射したことないからわかんないけど…針刺されるのって怖くないの?」
「そりゃまあ…怖いけど。病気を防ぐためだし…しょうがないよね」
桃がそう言ってため息をつくと、日曜日が左腕に抱きついてきた。
「わっ、どしたの?」
「いたいのいたいのとんでけーしてるの」
「えーそうなの!?ありがとー!」
日曜日の頭に手を乗せると、その柔らかい毛に手が沈んだ。
止める、と言ってもかなりギリギリだ。
空間魔術が使えない以上、結界で軌道を逸らすしかない。
ただの斬撃や切断魔術なら結界で止まり、無効化されるが、これはそんな易しいものではない。
空間切断魔術。
それは空間の一部を断絶することで対象を切断するという高度な魔術で、魔装具でもない限り、全てのものを切断する。
彼女の足を切ったのは、おおかたローブから出ている部分を狙った結果だろう。
「あ、無理しなくて善いよ、どうせアリスだしね。」
足を渡すと、彼女はそう言って微笑んだ。
よくそれだけの余裕があるものだ。
慣れているのだろうか。
「そうねぇ…」
だって、とデルピュネーが言いかけた時、店の外でけたたましいサイレンが鳴り始めた。
「⁈」
店内にいるコドモたちはバッと顔を上げる。
「こんな時にお出ましか!」
イフリートがそう言いながら店の入り口に近付く。
「せっかくみんなで出かけてるっていうのに」
インバーダは空気読めないんかなとワイバーンも店のガラス戸から外を見る。
「羽岡(はおか)さん、インバーダの出現地点は?」
デルピュネーが店の入り口に立つ男に尋ねると、羽岡と呼ばれた男は手元のスマートフォンを見ながら答える。
「ヴィアンカ通り周辺…ここからすぐの所ですね」
彼がそう言うとイフリートはよし!と指を鳴らす。
「さっさと行って倒して来ようぜ!」
そう言ってイフリートは扉を開けようとするが、待ちなさい!と羽岡に止められる。
「武器が届いてないのにどうやってインバーダに対抗するんです?」
本部からの武器到着を待ちましょう、と羽岡は淡々と言う。
「なんだよそれ‼︎」
怪物態使えばすぐ倒せるのに!とイフリートは羽岡を睨みつける。
「そうだよ!」
さっさか倒して駄菓子屋さんでお買い物したいー!とワイバーンは頬を膨らませる。
それに対し羽岡はダメです、と真顔のままだった。
扉の破壊で、埃が舞い上がる。その向こうから、鉄球が独房の天井の方に飛んでいって、監視カメラと機銃を叩き壊した。
「よォ、ベヒモス。ハジメマシテだな」
すぐに晴れた埃の煙幕の中から現れたのは、私より少し背の高いモンストルムの男の子と、その子よりももう少し背の高い、スレンダーな女の子だった。
「俺はフェンリル。こっちはスレイプニル。よろしくな?」
「ぇ……ぁ……」
答えようとしたけれど、動揺が収まっていなかったのと長いこと言葉を発していなかったのとで、上手く言葉が出ない。
「とりあえず、『ソレ』も壊してあげたら?」
「ン、そうだな。ベヒモス、動くなよ? 下手すりゃ死ぬぜ」
フェンリルがそう言いながら、わたしの両手、両足の枷を1つずつ指で軽く突いた。その瞬間、拘束具は全て砕け散り、私の身体は自由になった。長いこと立ちっ放しの姿勢で固定されて疲れ切っていた両膝からは力が抜け、床の上に頽れる。
「…………ぁ、ありがとう、ございました」
さっきは上手く言えなかったお礼の言葉を、改めて口にする。
「あー、礼ならスレイプニルに言ってくれよ。スレイプニルが仲間が欲しいっつーから出してやったんだ」
「……仲間?」
この疑問に答えたのは、スレイプニルの方だった。
「そう。この地下牢から脱走する、そのための仲間」
「なァ君、今度の日曜、空いてるかい?」
ここ数日、不思議と姿を見なかった種枚さんだったが、とある火曜日の大学からの帰り、唐突に目の前に現れ、早々にそんなことを言ってきた。
「……何をするんですか? あとお久しぶりです」
「うん久しぶり。いやねぇ、その日デートがあるからちょいと付き合ってほしいのさ」
「なんで?」
「え?」
何故この人は、「何言ってるんだコイツ?」みたいな顔をしているんだろうか。
「…………あァー……そうね、私の言い方が悪かった。霊感持ちの知り合いがいてさ、その子とひと月に1度くらいのペースで会うんだが、それが今度の日曜なのさね」
「はぁ」
「せっかくだから、君にも会わせてあげようかと思ってね。殺意の出し方もまだまだ未熟だし、後ろ盾は多かった方が良い」
殺意の出し方なんて普通に生きていて上手くなるわけが無いと思うけれど……。
「まあ分かりました。特に予定も無いですし……」
「よし来た、日曜朝10時、『中央』の東口で待ち合わせよう。電車を使うよ」