頭上に乗ったヌイグルミの案内で街の上空を高速飛行するヘイローの腕の中で、ヒオはフウリから得た答えを反芻していた。
『どうだいヘイロー、見えてきただろう。あの火事の中心に敵がいる。君の魔法は今回、鍵になるはずだ』
「そっかー。あ、ヒオちゃん、どこで下ろせばいい? 今回は火が危ないからあんまり近付かない方が……」
「いや、大丈夫」
ほぼ反射的に答えたヒオに、ヘイローは目を丸くした。
「……じゃ、じゃあギリギリまで寄せるよ? 気を付けてね?」
炎の壁の目の前に到達し、ヘイローは地面にヒオを下ろしてから火の中に飛び込んでいった。取り残されたヒオの頭上に、ヌイグルミが現れる。
『ヘイローは行ってしまったヨ。魔法の使えない君では、仮にこの火に一般人が巻かれていたとして、君ではいつものように助けに行けない』
ヌイグルミの言葉には答えず、ヒオは炎を見つめていた。
「……魔法のことが、今までは分からなかった。みんなと違って、私には理解できない力を使うなんてできなかった」
『ン?』
「けど……今日フウリに話を聞いて、ようやく理屈が分かってきた。少なくとも、納得できた」
『……ホゥ』
「理解できるなら、大丈夫。私なら、十分使える」
炎に向けて、ヒオが一歩踏み出す。
『……ホゥ!』
ヒオの着ていた服が、錬金術士風の衣装の上から白衣を羽織ったものに変化する。
『遂に君も目覚めたか! なら、お祝いに君にも“名”を贈らなくっちゃァならない!』
ヒオが炎の中に飛び込む。しかし、それはヒオの身体を焼くことは無く、彼女から一定距離を置いて掻き消える。
『この“魔法”という超自然現象に対して、最後まで「理」を諦めなかったその姿勢に敬意を表し! 君に贈る“名”は!』
ヒオが両腕を真横に広げると、その動きに合わせて周囲の炎が外側へ押し出されるように吹き飛んだ。
『“万学の祖”【アリストテレス】』
大丈夫じゃない時に限って『大丈夫』って言うきみへ
これ、はんぶんこ、しませんか?
「たい焼き」
突然、青葉・カオルの2人を中心に旋風が発生し、土煙と落葉が舞い上がった。
「畜生、付喪神風情が舐めやがって! 大妖怪への無礼、ただで済むと思」
天狗の言葉は途中で途切れた。土の旋風を突き破って放たれた〈薫風〉の突きが、左肩を貫いていたのだ。
「うるさい」
カオルは風が止んだのに合わせて蹴りを食らわせ、仰向けに転がしてからそのまま刺突で地面に縫い留めた。
「クソ、抜けよこれ! 痛いだろ」
喚こうとする天狗の顔を踏みつけ、また黙らせる。
「……あ」
「どうしたの、カオル?」
「ごめんね、ワタシの可愛い青葉。そろそろ限界。ちょっと来てくれる?」
手招きされ、青葉がカオルに近付く。すると目の前に立った青葉に倒れ込み重なるようにして、カオルの肉体が消滅した。
「⁉ 消え……⁉」
動揺する青葉の頭の中に、直接声が響く。
(ごめんねぇ、ワタシの可愛い青葉。肉体を維持しようとすると結構消耗するんだ。でも大丈夫、カラダが無くたって人外のモノにワタシの可愛い青葉を傷つけさせやしないから)
「え? あ、うん……」
状況に困惑していた青葉だったが、天狗が逃れようともがいていることに気付き、すぐに左肩の〈薫風〉を踏んで押さえた。
平和なシオンの生活。それが少し変わったのは6月に入った最初の頃の話である。
「_ねぇ、知ってる?隣のクラスの…」
「ああ…いなくなったって話?」
そんな囁きが学校中で聞こえるようになった。
「シオンさんは、鏡の中の世界って信じてらっしゃる?」
「なんかすごい魔法使いだったらできそうだと思う!だから信じてるよ」
「そうですか…生徒が消えてく噂はご存知?」
「消える?」
「少し前のこと、三年生が二人であそこの踊り場を通りかかったそうですの。一人が一瞬目を逸らしたすきに、鏡の前にいたもう一人が消えた…と」
「ええ!?それほんと…?あっ、だからあそこ通れないんだ…」
「ただ…怖いものみたさで足を踏み入れる人が多く、行方不明が増えてますの」
「…リサちゃん…怖い?」
「……」
「大丈夫、私が守るよ」