「いや、まだまだ戦ってる途中なんだけど」
ナツィがそう言うと、ピスケスは違うわよと返す。
「私たちの目的はお前を取り戻すこと」
だから相手を倒す必要はないの、とピスケスはフューシャの顔を見る。
フューシャは驚いたような顔をしていた。
「それに私たちは近い内にまた会えるもの」
ピスケスがそう微笑むと、ヤマブキはまさか!と飛び跳ねる。
「ええ、そのまさか」
ピスケスは続ける。
「だから、首をよーく洗って待ってなさいな」
ピスケスはそう言うと、構えていた短弓と背中の白い翼を消して、行くわよと大通りに向けて歩き出す。
露夏やかすみ、キヲンもそれについていく。
ナツィは少し不満げな顔をしていたが、1つため息をつくと大鎌を消して歩き出した。
路地裏には呆然としたままの野良の人工精霊たちだけが残された。
〈魔狩造物茶会 おわり〉
青葉が武者の霊と戦っている間、平坂は少女との距離を詰めようとしていた。無数の腕の霊“草分”が進路を阻もうとするたびに、平坂の手の中の鈴の音色がそれらを消し飛ばす。その様子を見ていた少女は、苛ついた様子で咥えていたロリ・ポップを噛み砕いた。
「ねェお兄ィさんさぁ……人の可愛がってるモノ苛めといて許されると思ってんの?」
「こちらは身内が貴様の悪霊にかなり痛めつけられたのだがな……。先日遂に3人衰弱死した」
「何、お兄ィさんは人食いヒグマにも人道を説くタイプのひと?」
「…………」
その問いには答えず、平坂が投げた鉄製の掌大の円盤は、またしても空中で叩き落とされる。
(ふむ……。一瞬だったが見えた。奴を守るように背後から伸びてきた青白い腕。あの武者とも周囲の腕たちとも異なる、『3体目の悪霊』か)
平坂は懐に手を入れ、しばらく探ってから1本の短刀を取り出した。
「わァ怖ぁーい。そんなものでアタシを殺すつもり? それこそ殺人だよ?」
けらけらと笑いながら少女が煽る。
「なに、殺しはしない。ただ元凶を斬るだけだ。それに多少の無法はもみ消せる」
「へェ……」
少女は吊り上がっていた口角を下げ、2本目のロリ・ポップを咥えた。
「……やってみろクソ雑魚」
少女の挑発と同時に、平坂はすり足のように歩き少女に接近した。
「はン、バカ正直に真っ直ぐ突っ込んで来やがって……“アタシの愛しいエイト・フィート”」
左手を目の前に突き出しながら、少女が呟く。すると、彼女の背後から白いワンピースと長い黒髪が特徴的な、異常に長身の女性霊が出現し、少女を守るように左腕で抱き寄せた。
1mほどにまで接近して平坂が突き出した短刀を、女性霊は空いた右腕で振り払うように防ごうとする。と、刃は弾かれる事無く女性霊の腕に深々と突き立てられた。
「ッ、テメエ! アタシのモンを何傷つけてやがる!」
少女の叫びと共に、女性霊が無事な左腕を振り回す。平坂は刺さった短刀から手を放し、距離を取るようにしてそれを躱した。
耳をつんざく奇声が上がった。器用にチトニアの肩あたりに捕まっている梓を案じ、チトニアは梓を潰す勢いで両手に包み、腹に当てて蹲る。
「ちょっ、チトニア!!せまっ、ちょ、手どけてくんない!?」
焦った梓がチトニアの手の中で暴れ出した。
「わわ、ごめんね」
奇声が漸く途切れ、部屋中に散乱している粘液もその緑色を失い始めている。先程の慌てぶりが嘘のように突然落ち着いた梓は、チトニアの手のひらからビーストを見下ろした。
「身長戻らないね」
「とどめを刺してないからだろう。…多分」
チトニアにビーストの眼球を露出させてもらい、梓は両手で果物ナイフを持ち、ビーストに向けて自由落下した。
「ぐえ」
その声を発したのはビーストではない。落下の衝撃に驚いた梓である。ビーストは音もなく絶命した。
「やったよ梓ぁ!ナイス〜っ!!」
チトニアが再び潰さんばかりに梓を持ち上げて頬擦りしだした。
「あっちょ、潰れるって」
そう呟いたところで、二つのことに気づいた。一つ目は、この病室に人が集まっていること。二つ目は、身長が戻りかけていることである。