「あ、ゴメン」
おれは咄嗟に少女に謝る。
地面に膝をついたままの少女は無言でこちらを見た。
「…」
少女はおびえたような表情をしていた。
「あ…」
おれは思わず大丈夫かと声をかけようとした。
だが少女は逃げるようにその場から駆け出した。
「あっ!」
おれがそう呟く頃には、少女はもう視界の外だった。
「…」
突然の出来事に、おれ達は思わず沈黙する。
…と、おれはある事に気付いた。
「あれ?」
自販機の商品取り出し口に、缶ジュースが入っている。
「これって…」
思わず手に取ると、それには”プリンシェイク”と書いてあった。
「何故って?子供を放置する訳には行かないだろう?」
「…。」
子供扱いに少しムッとしたが、相手は大人だ。
当然と言えば当然なのだろう。
「と、言う事で!今から荷造り出来るかい?」
「何で?」
「何で、って、ここに居たら家屋が倒壊しかねないよ。移動するべきだ。君のご両親なら、何とかするから。」
「…わかった。」
そうと言うなら、さっさと荷造りしてしまおう。
今考えれば、見ず知らずの自称魔術師の大人に着いていくなど言語道断、犯罪者の格好の餌食になりかねない。
しかし、彼女の言葉は不思議と信用して良いと思えた。この人なら大丈夫だ、と。
まぁ、ここで着いて行かなければ、早々に餓死又は凍死していただろう。
そう考えると、妥当な判断だったとも言える。
ニアオーガ
人間に近い体格の種族。細身ながらもしっかりと筋肉のついたやや大柄な体格と、額から生えた1本の長く硬い角が特徴。成人の平均身長は男性で185㎝程度、女性で172㎝程度。
角は生まれた直後は小さな丸いこぶのような形状だが、成長するにつれより硬く、より長くなっていく。この角の中には、魔力操作のための器官(ある種の内臓のようなもの)が入っており、破壊されると死ぬ。ただ、角は本当に硬くて頑丈なので、基本的に角が壊れて死ぬことは無い。例外が無いわけでもない。
角内部の魔力操作器官によって『妖術』と呼ばれる五大魔法のいずれとも性質の異なる魔法を行使する能力がある。
ちなみに、ごく稀に2本角の個体が生まれることがあるが、片方だけでも折られるとやはり死亡する。しかも2本角の個体は魔力操作器官が2つに分断されるせいで出力が落ち、『妖術』が使えない。角が短めになりやすい以外良いことが無い。
鬼人どうしで集落を構成し、内向的に生活する者が多いが、別に排他的では無いので外来の民にも友好的なことが多い。
8月某日。世間の子供たちが夏休みの只中にあるとある日の夕方ごろ。
数人の中学生の男女が連れ立って、河原への道を歩いていた。
その河原は、この日19時から始まる花火大会を眺めるには絶好のスポットであり、夜店なども多く出店し、ある種の祭りのような様相を呈していた。
しかし、彼らの主目的はそこには無い。出店の隙間を埋める人ごみの中を彼らは迷い無く通り抜け、上流の方向へ、ひと気の少ない方へ只管歩き続ける。
土手を上がり、まばらな街灯の下を進み、深い木々の中に埋もれた石段の前に辿り着き、そこで一度立ち止まる。
先頭に立っていた少年が腕時計を確認し、残りの面々に向き直る。
「現在午後6時40分、花火大会が終わるまでは1時間以上余裕である…………それじゃ、行くぞ! 肝試し!」
少年の言葉に歓声を上げ、子供たちは石段を上り始めた。
“廃神社”と呼ばれるその心霊スポットは、その呼称の通り数十年前に放棄された廃神社である。
周辺をオフィス街や住宅地、幹線道路などに囲まれている中、不自然に小高く盛り上がった丘の上に建っており、丘陵全体は雑多な木や雑草に覆われ、辛うじて名残を見せる石段と境内も、処々に荒廃や劣化が現れ、不気味な雰囲気を演出している。
俺たちを乗せた船が先程着いたソグィポ(西帰浦)の港は韓国で最も高い山,ハルラ(漢挐)の南麓に位置しており,また韓国で2箇所しかない火山島のチェジュ(済州)島南部の観光拠点だ。
入国審査を済ませ,わざわざフェリーで韓国本土から8人乗りの大型車を運んで迎えに来てくれた従兄と4年越しの再会を果たして色々話し込み、車に乗って目的地の海岸に着いてもなお話は弾んでいた。
この様子を遠目から微笑ましく見ていたのは,韓国に留学した経験があり,ソウルに着いてすぐのまだ韓国語に慣れていなかった時期に偶然通りかかった人(当時中学生だった俺)に英語を交えて手助けしてもらった縁からその人と交際に至ったという経歴の持ち主であり、俺達夫婦,特に嫁と船上で会話し野球で直接対戦したこともあった元カノだ。
一方,それを見ていた嫁は自身は韓国語が分からないだけに俺と従兄の韓国語の会話が長すぎて待ちくたびれたのか、それとも俺達の会話を微笑ましく見守る元カノに対する嫉妬からか「世界で熱く光る♪都育ちの主役♪自慢の旦那と♪デートへ♪GO now」となぜか往年の横浜の選手の応援歌を替え歌しているので,俺以外の野球が好きな日本人メンバーもつられてプロ野球の応援歌を替え歌し始め、俺もつられて「さあ行こうかチュンナム♪우리 어머니의ふるさと♪恋実り幸せだ♪니 옆이 최고야♪」と韓国語も交えて即興で替え歌すると,一気にスイッチが入ったのか各々の応援歌替え歌の原曲は誰のものかを当て始め、気付いたら嫁の手を握って歩いていた。
「福岡育ちの♪自慢の嫁さん♪なぜこの美人が♪今,そばにいる」とか「光り輝き♪歴史も長い♪あゝ不滅なり♪嫁のふるさと♪九州・福岡県」と続けて替え歌すると,嫁が「夢が〜溢れる♪韓国滞在♪круто ♪мой муж ♪都の〜宝♪行くぞ行くぞどこでも世界中♪愛しの旦那の側にいて♪一緒がいいな♪貴方が大好きです♪」と替え歌で返すので俺も「福岡目指し駆け抜けた♪恋の思いは届き♪僕らの笑顔が今♪すぐそこにある♪」と返す。
済州名産の柑橘の花と磯の香りが天然の香水としてお互いをより一層魅了しあっていることや一連の替え歌メドレーの映像がSNSで流出し日本の野球ファンを盛り上げていたことに俺たちはまだ,気付いていない。