よく晴れた午後、小さな喫茶店にて。
がらんとしたひと気のない店内で、店主の老人がカウンターの向こうで新聞を読んでいる。
その傍ではジャンパースカートにエプロンをつけたコドモが、イスに座ってぼーっとしている。
暫くは店主が新聞のページをめくる音だけが時々聞こえるだけで、店内には静かな時間が流れていた。
しかし不意にカランカランと店の扉の鈴が鳴り、店内にいる2人は扉の方に目を向ける。
開いた扉からは帽子を被った背の高い老人と、暖かい気候なのに黒い外套を着てその頭巾を目深に被った人物が入ってきた。
「おや、會津さん」
いらっしゃい、と店主が新聞を畳みながら背の高い老人に声をかける。
會津と呼ばれた老人はお久しぶりですと返した。
「今日はその子も連れてきたんですか」
店主の質問に會津、と呼ばれた老人はえぇそうなんですよと傍の人物に目をやる。
「たまには外へ連れ出してやろうと思いましてね…」
老人がそう言うと、黒い外套を着た人物は恥ずかしそうに老人の陰に隠れようとする。
それを見て店主はふふふと笑った。
そして店主はカウンターの向こうに座るコドモに目を向ける。
カテルヴァ・サンダーバードの仲間たちの元からアカが離れていって暫く。アカは空より襲来するアリエヌスの群れの中を自在に飛びながら、専用レヴェリテルム“Aurantico Equus”で敵を切り裂いている。周囲では他のカテルヴァに所属するアヴェスたちがそれぞれのレヴェリテルムでアリエヌスを倒していたが、それを気にせずアカはアリエヌスの群れの中心へと飛んでいった。
「……あれは」
時折“Aurantico Equus”でアリエヌスを撃ち落としつつ群れの中を突っ切っていくアカは、群れの中で急にアリエヌスの少ない空間に出て不意に呟く。彼の目の前には、周囲のアリエヌスを従えていると思しき体長15メートルほどの翅のあるハナカマキリのようなアリエヌスが飛んでいた。
「*}‘}“}$]€[>;;’|+|”|!<‼︎」
親玉アリエヌスはアカの姿を見とめると、耳障りな悲鳴を上げる。すると親玉アリエヌスの周囲を守るように飛んでいた体長2メートルほどのアリエヌスたちが、アカに向かって突っ込んできた。
アカは咄嗟に“Aurantico Equus”を構えて相手を両断しようとするが、体当たりしてきたアリエヌスの体表の方が硬いのか、相手は鈍い金属音を立ててアカを弾き飛ばす。アカは驚く間もなく天蓋に向かって落下し始めた。
アカはどうにか空中で体勢を立て直そうと“Aurantico Equus”に念を込めようとするが、重力に引っ張られるままに落ちているために思い通りに頭が働かない。アリエヌスの体当たりを受けたときにレヴェリテルムの飛行効果が途切れてしまったため、落下中にレヴェリテルムの効果を発動させることは至難の業だった。
このままでは天蓋に激突する、そんな思いがアカの頭をよぎり、彼は悔しそうに顔を歪ませる。しかし、これじゃ、あの子を——とアカが思いかけた時、突然ふわりと落下速度が落ちた。
「マスター…どこ行くんですか?」
「ん?あー、や、何だろ、その、え〜っと、知り合いに顔見せに?」
…ちょっと、いや、めちゃくちゃに怪しい。
本当にどこに行く気なんだろうか。
「おい、知り合いに顔見せンのに数ヶ月もかかるか?いや、わざわざ見せに行くようならそれは知り合いの域じゃないだろ…本当に何しに行くんだ?」
僕の内心をすっかり代弁するような台詞。
しかしマスターは、まぁね、と適当に受け流した。
「……アイツ」
「なんで行っちまうんだよ」とクリスは呟く。トログ、モザ、ロディも驚いてその様子を見ていたが、クリスのモザとロディを呼ぶ声に2人は彼の方を見やった。
「お前らアカを追いかけてくれ」
「えっでもクリスは……」
クリスの言葉にモザは問いかけるが、クリスは「俺とトログのことは気にすんな」と遮る。
「とにかくアカを追いかけてやってくれ」
「あのままだと、ルベみたいになるかもしれない……」とクリスはこぼす。その一言にモザとロディはハッと息を飲む。
「……わ、わかった!」
そしてモザは頷くと「行くぞ、ロディ‼︎」とロディに声をかける。ロディは「うん」と頷く。そして2人は天蓋を蹴って宙に舞い上がった。
「…行くぞトログ」
クリスは2人が飛び立ったのを確認すると、トログに声をかけて立たせる。そして肩を貸して2人は壁の出入り口の方へ移動し始めた。