ミセス先生こんばんは。soranjiやラーゲリより愛を込めてと少し関連して聞きたいことがあります。先生はどうしたら人にも自分にも未来にも期待しないで生きていけると思いますか。勝手に人に期待するとその分落胆するし、自分に期待すると自分を嫌いになります。未来に期待しても何も変わりません。こんな考えすら腐っているのかもしれないけど、どうしたら傷つかないで生きていけるのかわかりません。傷つかないで生きていくのはもしかしたらわがままかもしれませんが、そう思ってしまいます。先生は「期待」についてどのようにお考えですか。
いつも応援しています。
「人を100%信じるということは、相手を自分の都合のいいように作り上げてしまうこと」というとある著名人の方の言葉を聞いた事があるのですが、自分や相手のことを完全に信じ切るということはもしかしたら不可能なんじゃないかと思いました。なので、信じるということは、疑心暗鬼の心と自分や相手に期待しようとする心、この2つのバランスなんじゃないかなと思います。
信じるっていい言葉ですね。言われると自分を全部ありのままに肯定してくれて、ものすごい力をくれる言葉、
信じる方とそれを言われる方両方に勇気をくれる言葉。
信じるとは、私にとってどんな輪郭なんだろう。
こうありたいと心が伝えてくる本能的な願いかな。憧れのようでもあるけど、もっと確たる思い。
優しくて強くてでも傷付きやすくて、守ってあげたくなるような、人にはさらせない、うまれたてのあたたかいまるいコアのような、生(き)のままのピュアなもの。
裏切られて初めて、信じていたことに気づいたりしました。
全てを信じたいと思って生きることはしんどいこともたくさんあるけど、人間の本質だったらいいなと思います。
大森先生、若井先生、藤澤先生こんばんは!!
私はミセスロックスをどうしても生放送で聞けなかった時に、次の日の通学中に聞いているのですが、そこで困り事が発生してしまいます。それは笑いをこらえることができないことです。1人で座っているのでなんとか下を向いて誤魔化しているのですが、3人のラジオは声まで出そうなくらい面白いので、周りの人に変な人と思われていないか心配です笑笑
どうしたらバレずに笑えると思いますか??笑笑
ミセス先生こんばんは!
信じるとは、自分なりに考えてみました。
言語化するのはとても難しいけれど、「全てを受け止め、いつまでも変わらぬ愛情を持ち続けること」かなぁと思いました。
最初、「期待」と似ている部分があると思ったのですが、期待はその対象となるものが自分の理想通りになることを求めることで、その気持ちが報われなかったら、傷つき、落胆してしまうものだと思います。
対して「信じる」は、どんなに良い方向へ進まなくても、受け止め、その先も愛をもって接することが出来ること、そんな自分になることだと思いました。
信じていると思っていても、時間が経つにつれて気持ちは揺らぎ、薄れていってしまうかもしれません。それに、受け止めるということはとても難しいです。
でも、揺るがない意志と大きな愛を持ち、それを持つ自分を疑わない。それは、とても脆くて強いものだと思います。
だからこそ、信じ続けることはとても難しく、とても尊いことだと思いました。
先生は 信じるを表す手話しってますか?
手のひらをおなかのまえで上に向けて、心臓の方に持ち上げながらこぶしをにぎるようにするんです。
力強さを感じる、信じる気持ちを強くしてくれる素敵な手話だと思います。