「貴女がわらわの提案に乗らないのなら、無理矢理にでも受け入れてもらうわ」
そう言って、彼女は右手に白い鞭を出す。
そしてそれを静かに振り上げた。
…マズい、そう思ったわたしは咄嗟に横にある路地に飛び込み、そのまま細い道を走り出す。
しかしヴァンピレスは待ちなさい!と叫んでわたしを追いかけ始めた。
わたしはとにかく、暗くなり始めた路地裏をひたすら駆けていく。
ひと気のない細道はひどく不気味で、時間帯も相まってあまり走っているのは気分がよくない。
だがとにかくわたしは逃げなくてはならない。
だってこの状況は、明らかにヴァンピレスがわたしの記憶を奪いに来ているからだ。
”記憶”と言ってもどこからどこまでのものが奪われるか分からないが、ネロ達との楽しかった思い出を奪われたくはない。
それにこの忙しい時期に記憶をなくすのはまっぴらごめんである。
そう思いながら、わたしはひたすら路地裏を駆け、人の多い駅前の方を目指した。
この街でも人通りが多い方である寿々谷駅前まで行けば、人目につくということでヴァンピレスも追って来れないだろうし、攻撃もしづらいだろう。
そう思いつつ駅前に近い細い通りへ繋がる角を曲がった所で、わたしは角から出てきた人とぶつかりそうになった。
「彼らが貴女の事を大切に思っていなくとも、彼らを信じるのね」
ヴァンピレスはそう言ってうつむく。
それに対し、わたしは…違うよと返した。
「これは、わたしの意思なの」
わたしにとってネロ達は、大事な友達だから、とわたしは力強く言う。
「だから、あの子達から離れない」
こういうのは、自分がどう思うかが大切だってあの子達に教えて…とわたしは言いかけた。
しかしその言葉は、ヴァンピレスの黙りなさい‼という怒号に遮られる。
「貴女は、貴女は…わらわの言う事に従ってればいいのよ‼」
わらわと一緒なら、貴女はもう困らずに済むのに…‼とヴァンピレスは震え声で続けた。
わたしは呆然と彼女を見ていた。
「どうして、どうして、どうして…‼」
ヴァンピレスはばたばたと地団駄を踏み、頭をかきむしる。
そして不意に…もういいわ、と顔を上げた。
「じゃあ聞くわ…貴女、わらわと手を組まない⁇」
ヴァンピレスはそう言って首を傾げる。
わたしは自分の答えをどんな風に告げるか少し迷っていたが、わたしに回答を促すように目を向けるヴァンピレスに気圧されたのと、さっきネロ達と話した内容に背中を押されたのとで、わたしは思い切ってこう言った。
「ごめんなさい」
わたしはあなたと手を組めない、とわたしは言い切る。
ヴァンピレスは…なぜ?と顔から笑顔を消して尋ねる。
わたしはそのまま続けた。
「だって、あなたと手を組んだら、もしかするとネロ達に危害があるかもしれないでしょ⁇」
「まぁそうかもしれないけれど…でも、必ずしもそうなるとは限らないわよ?」
わたしの言葉をヴァンピレスは否定するが、わたしはそれでも、と言う。
「わたしは、あの子達や、その仲間達が傷つく可能性があるのなら、わたしはあなたの提案を受け入れられない」
…だって!とわたしは語気を強めた。
「ネロ達は、わたしの大切な友達だから」
わたしははっきりと言い切る。
ヴァンピレスは傾げていた首を元に戻しつつ…そう、と呟いた。
「んじゃ、また今度ねー」
「まったな~」
ネロと耀平はそう手を振り合い、黎と師郎も手をちょっと挙げてそれぞれの変えるべき方向へと歩いていく。
わたしも、じゃあまた、と言って駅を背に大通りへと向かっていった。
辺りはそれなりに暗くなっているので、わたしは足早に通りを進んでいく。
夕方故か人通りの少ない通りを、わたしは無言で歩いていった。
だがわたしはふと足を止める。
…というのも、横道から目の前に1人の少女がふらりと現れたからだった。
「ご機嫌よう」
白いワンピースに白いタイツ、白いファーコートと白づくめの格好に、ツインテールで赤黒い瞳の少女…ヴァンピレスは、ミニワンピースの裾を軽く持ち上げ挨拶をする。
わたしはごくりと唾を飲み込んだ。
「貴女、この前の”提案”は忘れていないわよね?」
ヴァンピレスはわたしの顔を覗き込みつつ尋ねる。
わたしは怖いのを我慢して、もちろんと答える。
それを聞いてヴァンピレスはにんまりと笑った。
「とにかく、自分の意思によるって所だな」
おれ達的には、と耀平は手元のメロンフロートを一口飲んだ。
わたしは思わず黙り込む。
自分の意思、か…
それなら、わたしの意思は”これ”しかない。
「みんな、ありがとうね」
思わずそう呟くわたしを見て、ネロ、耀平、黎、師郎は不思議そうな顔をした。
それに気付いて、わたしは慌てて、あ、なんでもないよ!とごまかす。
それを聞いた彼らは、すぐにまた他愛のない会話に戻った。
そんなこんなで、わたし達はフードコートでおやつを食べ終えた後にまたショッピングモールをぶらぶらした。
そして夕方になったので。ショッピングモールをあとにして、いつものように寿々谷駅前で解散することにしたのである。