(いやぁ……実際に見てみると結構ヤバい火力してますね? 人間くらい余裕で真っ二つになっちゃいそう)
(そんな威力を平気で人に向けてんのあの人!?)
(こーれヤバい感じですよぅセンパーイ)
二人は不可視の斬撃を捌き続ける“メリーさん”の陰に隠れつつ、声を潜めて話し合う。
(で。『これ』が効き目薄なのは分かったんで、火力レートでこっちの不利が確定しちゃったんですけど……どうします?)
エアガンを軽く掲げながら、燿子が尋ねる。
(……一度仕切り直して良い?)
(モーマンタイでっす)
「それじゃ……頼むよ、“メリーさん”」
『ん~。すぅ……』
召喚体が何かしようとしている気配に、愛弥は一旦攻撃の手を緩める。
(何かする気だな? ま、何してこようが斬り払ってやるけど)
『……もしもーし! 私ぃ、メリーさーん!』
召喚体は口の前で手をメガホン代わりにし、大声で愛弥に呼びかけ始めた。
『今ぁ、あなたの後ろにいるのー!』
次の瞬間、愛弥の視界から召喚体の姿が消え、同時に背後から羽交い絞めにされる。
(ッ……『背後への瞬間移動』、ってな感じか!?)
「この程度ッ!」
背後に向けて放った斬撃が、“メリーさん”を袈裟斬りの要領で両断する。拘束を逃れて愛弥が正面に視界を戻したその時、清嘉と燿子は既に路地から姿を消していた。
「何だったのよアイツら……」
そう毒づきながら、愛弥は振り返り己の背後に転がっているはずの“メリーさん”の残骸に向き直ろうとする。しかし、そこには端切れの一片すら無く、交戦の痕跡は彼女自身が刻んだ斬撃痕の他に何も残っていなかった。
「だからなんッで消えてんだよ真っ二つに叩ッ斬ったろうがよォッ!」
苛立ちに満ちた怒鳴り声とゴミバケツを蹴り倒す音が、路地裏に響き渡った。
「こーんにーちはぁ~。お姉さんがキヨセ・マナミちゃんですかぁ?」
最初に口を開いたのは、燿子だった。
「あ? 誰アンタら。人の邪魔しやがってよォ……」
「「…………」」
(ガラわっる!)
(逃げて良いかなこれェ)
二人を射貫く敵意に満ちた視線に、思わず沈黙する清嘉と燿子。
「せっかく人が気持ち良くストレス発散してたのによォー……!」
(やっば近づいて来てるー)
(笑い事じゃねえんだけどぉっ!?)
彼我の距離が5mを切ったその時、燿子が腰の後ろのホルスターから白とオレンジに塗装されたエアガンを抜き、相手に向けて1発撃ち込んだ。
「あたっ」
「…………」
「…………」
「テメこのガキいたっ、あたっ」
燿子は躊躇うことなく2発、3発と続けざまに撃ち込んでいく。あまりにも唐突で理解不能な状況に、清嘉は呆然と見ていることしかできない。
「いたっ、ちょ、やめ、おい、こらっ」
パスッ、パスッ、パスッ、と気の抜けた発射音が鳴り続け、遂に弾倉内のBB弾が撃ち尽くされる。燿子は表情を変えないままグリップのボタンを押してエアガンを軽く振り、弾倉を地面に落として替えの弾倉を再装填する。
「いたっ、ちょ、おい、やめ、ろっ、て、言ってんだろがァッ!」
「わぁキレたぁ!」
「そりゃいきなり無言でエアガン連射されたらキレるよ!?」
「クソガキが舐めやがって……! どうせ3秒後には忘れてんだ、こうなりゃ全力で叩き潰してやらァ……!」
元来『殺傷力の具現』である怪異の力を宿す“語部”たる二人には、その少女、愛弥の変化が直感的に理解できた。『殺意』が膨れ上がり形を成すような感覚――“語部”が『異聞』の力を発現する際の気配である。
それを感じ取れたからこそ、清嘉は咄嗟に動くことができた。
「っ、“メリーさん”!」
彼もまた、自身の異聞能力を発動した。身長1mほどの少女型の召喚体が二人を庇うように現れ、右手の鉤爪を構える。それと同時に、召喚体の爪に鋭い衝撃が叩き込まれる。
『ぬ、ヌヌヌ……りゃぁっ!』
打ち上げるようにその破壊力を受け流し、“メリーさん”は防御に成功した。直後、その余波がビルの壁に流れ、深い斬撃痕を残す。
「何だァソイツ……」
「いやぁ、へへっ……どうも同類ッス……仲良くしようぜ?」
「お疲れ、“メリーさん”。一旦仕切り直そうか」
清嘉は召喚体に駆け寄り、能力を一度解除した。ばらばらになった召喚体は煙のように消失し、再発動によって無傷の“メリーさん”が再び現れる。
『わたしメリーさん、からだ直ったの~』
「“メリーさん”、今、ターゲットはどこにいる?」
『今ね~……3本となりのほそい道にいるの』
「了解。ありがとうね」
『ん~』
召喚体は清嘉に頭を撫でられ、満足げに喉をころころと鳴らした。
「……それで? どうやってマナミちゃんに接近するんですか?」
“メリーさん”を抱き上げながら、燿子が尋ねる。
「まぁ……何とかするしか無いよなぁ……野火止さん、占いした時の紙ってある?」
「ありますよー、ほい」
燿子がポケットから引っ張り出した、タイプライターで出力された用紙を差し出す。折り畳まれたそれを開き、清嘉は目当ての事項に目を留める。
「……よし、備え万全」
「何見てたんですか?」
「スマホの番号。一応ね」
「“メリーさん”といえば電話ですもんねぇ」
電話帳にその番号を保存し、清嘉は路地から顔を出した。
「そんじゃ……行くかぁ……」
「すんなり仲良くなれると良いですねー」
「だと良いんだけどねぇ……」
清嘉が先を歩き、その後ろに“メリーさん”を抱えた燿子が続く。二人が薄暗い路地の奥を覗き込むと、物陰に人影が動いているのが目に入った。
人影は足元に転がる塊を、苛立たし気な様子で繰り返し蹴りつけている。否、それはただの塊ではなかった。生きた人間が身を守ろうと身体を丸めて、暴行を受けているのだ。
「…………どっちですかね?」
「多分…………加害者側? 蹴られてるの男子っぽいし……」
「仲良くなれそうですかね?」
「厳しい……かなぁ……」
「止めた方が、良いですよね?」
「喧嘩とか怖えんだけど……」
「超能力者が何をビビることがありますか。ほら行きますよー」
「はいはい」
2人が近付く足音に、暴力を振るっていた人影は動きを止めた。その隙に、足元の被害者は這いずるようにして逃げ出す。
二人は、学園から徒歩5分ほどにある最寄りの地下鉄駅で電車に乗り込み、5駅先で下車する。
「この辺にいるっぽいよ」
「分かるんですね。便利な『略霊』してますねぇ」
「どうも。そんじゃ、案内するよ」
「頼みますよセンパイ。ここじゃタイプライター引っ張り出すスペースも二人きりになれる空間も無いんですから。私は無能なものだと思ってください」
駅を出て、清嘉の先導で二人は追跡を続ける。やがて二人は雑居ビルの隙間の細い抜け道に潜り込み、薄暗く人気のない裏路地に出た。
「あ、いた……“メリーさん”!?」
清嘉が慌てて駆け寄ると、召喚体は、首と腰で切断されていた。完全に分断された脚だけが歩いており、胴体部は分離した下半身のスカートの裾と、頭に被ったボンネットを小さな掌で掴み、3つの部位が辛うじて生き別れにならないように繋ぎ止めていたのだった。
召喚体は清嘉の悲鳴じみた呼び声に足を止め、首を転がすようにして振り返る。
『あっ所有者ぁ~。メリーさん斬られたの~』
その声色は凄惨な現状に反して、あまりにも気の抜けたものだった。
「世の中知らないことだらけですねぇ……えっと、略霊能力の効果は……あぁー!」
「ん、どうした?」
「だからあの写真の顔、全然印象に残らないんだぁ! 目ぇ外した瞬間に何か記憶が朧ろげになると思ってたんですよねぇ~」
燿子の言葉に、清嘉も出力された記述を確認する。
「……はー、なるほどなぁ……むしろよく写真残せたよなぁ。っつーか写真でも効果発揮すんのかすげぇ能力だな……」
「わー、異聞能力もシンプルに攻撃力高いですねー。ま、情報はゲットできたんで。作戦立てていきましょっか」
燿子はタイプライターから手を離し、自身の略霊能力を終了させた。
「それで、どうしますかセンパイ? 現状唯一の手掛かりなこの写真、目を離した瞬間証拠能力失いますよ。私の能力で何とかします? あのタイプライター、キーすっごい重いからあんま使いたくないんですけど……センパイが言うなら無理しますよ?」
(なら別の道具使えば良いのに……)
清嘉はその指摘を飲み込んで答えた。
「いや、写真1枚あれば、位置掴むだけなら俺ができるよ」
「へぇ~、そういやセンパイの能力知らないですねぇ。何なんです?」
「あぁ、【メリーさん】だよ。おいで、“メリーさん”」
清嘉が虚空に呼びかけると、何も無かったはずの空間に突如、背丈60㎝程度の赤と黒を基調としたロリータ衣装の少女が現れた。
「わぁ可愛い~。ほっぺたモチモチしてる~」
燿子はその召喚体を抱き上げ、両頬をもちもちと弄り始めた。
「やめたげて……“メリーさん”、この写真の子のところに行ってくれるか?」
召喚体は清嘉を見上げて頷くと、燿子の腕の中から一瞬で姿を消した。
「あー……もっと愛でたかったです……」
「後でね? あと、もう見つけたよ」
「はっや。足立センパイってもしかして天才?」
「“メリーさん”がすごいんだよ……あ」
「どしたの」
「いや……ターゲットが移動してるっぽい……とりあえず追いかけようか」
「りょーかぃ」
二人は空き教室の状態を入室前と同等に片付けてから、学校を後にした。
タイプライターのキーボードに両手の十指を置き、燿子は一度瞑目して息を吐き出し、再び目を開く。
「それじゃ、始めるんで……」
「うん」
「…………」
「…………」
「何してるんですか先輩。早く手ぇ出してください。10円玉には参加者全員が指を置かなきゃならないんですよ? 今回はタイプライターですけど……ほら、早く私の手に」
「え、お、おう」
清嘉は燿子の背後に回り、彼女の両手に自身のものを重ねた。
「離さないでくださいね? 危ないんで」
「りょ、了解」
「それじゃぁ……『コックリさんコックリさん、今回のターゲットである娘のプロフィールを教えてください』」
数秒の沈黙の後、蝋燭の火が小さく揺れ、燿子の十指がゆっくりと打鍵を始めた。
その運指は少しずつ速度を増していき、流れるように数行の文章を打ち出してから唐突に停止した。
「……出力完了っぽいですね」
「これ何語だ……? n,a,m,a,e……あ、これローマ字だ読みにくっ!」
「しょうがないですよぅ、ブツが英語のやつなんですから」
「うえー……これ素直に10円玉使ってた方が楽だったんじゃ……」
「文字として残ってくれた方がじっくり読めますからねぇ。どれどれ……名前はキヨセ・マナミちゃん。高校1年生の女の子。……ふーん、センパイ、この『よくいる場所』のこの地名ってどこでしょ? 私田舎者なんで、こっちの土地勘とか無いですよ」
「んー、電車で15分くらいかな」
「はぇー。んじゃ、センパイも何か質問してくださいよ」
「え、なんで?」
「当然でしょう。私はもう1回質問しちゃったんですから、次はセンパイの番ですよ。何か適当に質問してください。『コックリさん、コックリさん』って頭につけるんですよ」
「おう、えっと、じゃあ……あー……こ、『コックリさんコックリさん、キヨセさんの能力について教えてください』」
再び燿子の指がキーボード上を動く。
「どれどれ……じゃっく、ざ……」
「じょせ…………『ジャック・ザ・リッパー女性説』……? なんで『切り裂きジャック』じゃなく『女性説』……?」
2人が校長室を出て最初に向かったのは、空き教室の一つだった。
「あーだちセンパーイ、あの写真もっかい見せてくださいよー」
「ん」
道中、清嘉に強請った燿子は差し出された写真を奪うように受け取ると、まじまじと眺めながら口を開く。
「……性格キツそうな面してますねー」
「そうかぁ?」
写真を返してもらい、清嘉も写真を再確認する。角度と被写体の様子からして隠し撮りされたものであろうそれに写る少女は、確かに敵対心を剥き出しにしたような鋭い目つきをしていた。
「……そうかも……?」
「もっかい写真見せてくださーい」
「また?」
「良いじゃないですかぁ」
「はいはい……」
やり取りをしながら、2人は校舎端の空き教室に入った。燿子がそのまま奥に進んで窓の鍵とカーテンを閉め切り、清嘉は入り口扉を施錠する。
「これで良いのか?」
「はいはいありがとございますセンパイ。んじゃ、こっち来てください」
「おう。で、何すんの?」
「決まってるじゃないですかー、情報収集ですよぅ」
そう言って燿子がリュックサックから取り出したのは、一台の手動式タイプライターだった。
「……パソコンですら無く?」
「やだなぁ、ググって出るものじゃないんですから……私の『能力』を使うんですよ」
「……タイプライターを使う怪異なんていたっけ……」
「元ネタだとちょっぴり違いますけどねー。ま、うちの子は結構融通利かせてくれるんで……」
燿子は使われていない机にタイプライターを起き、その奥に蝋燭を1本立てて火をつけた。
「さ、始めますよセンパイ。協力者いないとできないんですから」
「な、何を?」
「決まってるでしょ? “コックリさん”ですよ」
「彼女は“八王子昆明学園”中等部から来てくださった……せっかくだから自己紹介してもらえるかな?」
「はーい」
校長の言葉に、少女は気の抜けた声で答えて立ち上がった。
「んぇー、初めましてー。“ダイサン”の中学2年生、野火止燿子でーすよろしくお願いしゃっす」
「あ、ども。俺は足立清嘉」
「足立センパイね、りょーかぃ」
燿子は軽く会釈を返し、清嘉の隣まで移動してきて校長のデスクに向き直った。
「さて……メンバーが揃ったところで、今回の事案について説明させてもらおう」
校長がデスクの上に滑らせるように置いた1枚のポラロイド写真を、2人は並んで覗き込む。そこに写っていたのは、清嘉と同年代程度であろう少女だった。
「その子が、今回のターゲットだ」
「……普通に人間っすね?」
「何、“語部”退治?」
「『退治』、という言い方は少し語弊があるな。強いていえば……『監視』といったところだろうか。彼女を発見し、動向を観察してほしい。そして、能力による危険行動を取っているようであれば、捕獲してほしい」
「捕獲て、そんな野生動物みたいな……」
「えーなんでですかー。このお姉さんどこの学校の人? “ダイニ”? 埼玉? そこに任せちゃえば良いのに……」
燿子の言葉に、校長はこめかみを押さえて溜め息を吐いた。
「彼女は養成校への入学を固辞したのだよ。そのせいで、野放しのような状態になっていてね……能力も厄介だから、できれば目の届く範囲に置いておきたいのだが……」
(養成校に編入するのって断れたんだ……)
清嘉はその言葉を飲み込んで、再び写真を確認する。
「まぁとにかく、この人見つけて勧誘しちゃえばいい感じですか?」
「それができれば一番いいが、具体的な方針は君たちに一任するよ。大人が出向くのが一番良いのだろうが……不用意に近づいて怪しまれても困るからな。初めての任務で不慣れだろうが、頑張ってほしい」
「「了解」」
燿子は一度ソファの方へ戻り、足元に置いていたリュックサックを拾って戻ってくる。
「んじゃ、行きましょセンパイ」
「ああ、うん」
『生徒の呼び出しです。1年4組、足立清嘉さん。至急、校長室までお越しください』
放送スピーカーから流れた指示を、清嘉は忠実に実行した。放課後、未だ往来の激しい時間帯の廊下をやや急ぎ足で進み、校長室の扉をノックする。
「失礼しまーす、1年4組足立でーす」
『どうぞ』
引き戸を開けると、高等部校長は自席に着いて入室してきた清嘉を射貫くような眼で見返していた。
「それで、呼ばれたんで来たんすけど……」
「ああ、すまないね。この後部活や用事は無かったかな?」
「それは大丈夫ですけど……俺何かしちゃいましたっけ」
「いやいや、お説教の類じゃないんだよ。ただ、頼みごとがあってね」
「頼み?」
「ああ。“実習”に出てくれる気は無いかい?」
依頼実践演習――通称“実習”。高等部以上の生徒が受注可能な、人外存在や“語部”への対処依頼だ。『基本的には』、提示された依頼の中から希望者が選択して受注する段取りとなっている。
「やりますけど、実践演習って指名制あったんですね」
清嘉の言葉に、校長は渋い顔をしてみせた。
「基本的には生徒の自主性を尊重したいところなのだがねぇ……本事案に関してだけは、君たちが適任だと判断したのだよ」
「はぁ……え、“たち”? 俺以外に誰かいるんです?」
校長が応接スペースを指差す。清嘉が釣られてそちらに目をやると、3人掛けのソファの左隅に、セーラー服姿の小柄な少女が掛けていた。
(セーラー服……ってことは“ダイサン”の子か)
清嘉の通う能力者養成校は、東京都23区某所に建っている。東京に存在する3か所の能力者養成校のうち最古のものであり、学生間では俗に“ダイイチ”と呼ばれているものだ。それに対して少女の制服は、八王子市某所に位置する通称“ダイサン”のものだった。