深夜、人々が寝静まったころ。
とあるマンションの一室の、その中の片隅のデスクに明かりが灯っている。
卓上ライトに照らされる机の上には分厚い技術書のような書籍が積まれており、そんな机の前で1人の初老の男が彫刻刀のような道具で赤い石に紋様を刻みつけていた。
男は黙々と、石に細かな幾何学紋様を刻みつけているが、ふと目が疲れたのか石と工具を卓上に置いてため息をつく。
そして目頭を押さえるが、不意に部屋の入り口の方を振り向いた。
するとそこには、赤い長髪で頭に馬のような耳が生えた、少し大人びた雰囲気のコドモが寝巻き姿で立っている。
男は磨衣か、と呟いた。
「こんなに遅くまで作業だなんて…今日もお仕事でお疲れなんじゃないですか?」
“お父さん”と磨衣は男に近づきながら話しかける。
男はその質問に答えず、また手元に目を落とした。
「無理は禁物ですよ」
身体に障ってはわたしたちも困りますから…と磨衣は男の手元を覗き込んだ。
しかし磨衣は彼の手元を見て目を丸くする。
「これって…」
まさかと磨衣が言いかけると、男は磨衣の名前を呼んだ。
「一つ頼みがあるんだが…聞いてくれるか?」
磨衣の方に顔を向けた男と磨衣の目が合う。
男の神妙な顔を見て、磨衣は思わず頷いた。
「磨衣ちゃんも寂しがっているのに、帰りたくないなんて…夏緒たちのことが嫌いなんだ」
「そ、そんなわけないし」
おれは今でも夏緒や磨衣のことが好きだし大事に思ってるんだけど、と露夏は夏緒を宥めようとした。
しかし夏緒はひどいよぅ…と啜り泣き始める。
それを見て磨衣は、夏緒…と夏緒の背中をさすった。
露夏はややこしいことになってしまった現状に困惑しておろおろしていたが、やがて夏緒がもういい、と顔を上げる。
「露夏ちゃんのことなんか嫌い」
もう、会わないもん…と夏緒は泣きながら呟くと、雨が降る木陰の外へ飛び出していった。
「あっ夏緒!」
磨衣は慌ててそのあとを追い、公園の外へ駆けていく。
その場には、呆然とする露夏とその様子を見ているしかなかった仲間たちだけが残された。
「それは“父さん”もちゃんとわかっている」
だからおれは帰らない、と露夏は夏緒の肩に手を置く。
夏緒はなにも言わない。
「それにこれはおれの意志…」
言いかけた露夏に対し、夏緒はひどい、とこぼした。
露夏は驚き、周囲の仲間たちの目線も集まる。
「ひどいよ露夏ちゃん」
夏緒は帰ってきてほしいのに、帰りたくないだなんてと夏緒は俯きながら続けた。
露夏は、いやそこまで言って…と慌てるが、夏緒は露夏ちゃんのバカと両手で顔を覆う。