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シュー、ゴトン ゴトン ゴトン
あなたは帰り道、満員電車に揺られている。窓を見ているが、どうがんばっても見えるのは夜景ではなく黒く映るくたびれた車内である。つり革を掴む右手、腕時計は午後11時52分をさす。
次があなたの降りる駅。あなたの最寄り駅は降りる人が少ないため、あなたはいつも降ります、降りますと人波を掻きわけなければならない。それが嫌で、せっかく家に着くというのに、駅が近づくと憂鬱さが増してしまう。
いよいよ駅名がアナウンスされたそのとき、ふと隣の若者と夜景越しに目があう。その顔が少し笑ったような気がした、と、そのとたん。
トタン トタン、シュー 電車の止まる音。
彼は降ります、降りますと出口に向かっていく。自然と後をついていく形になるのだが、気がつくとあなたの右手は彼の左手とつながれている。
シュー、ゴトン トン トン トン
電車は若者とあなたを置いて走っていく。
お礼を言おうとしたあなたに、若者はあなたが初めて歯が抜けたころのあだ名で呼びかける。
そして、お誕生日おめでとう、とにこり。にこりとした頬がカマボコ板のようだと思ったとき、あなたは幼いころ一緒に暮らしていたカンガルーのことを思い出す。書き置きを残して一人旅にでたあのときのカンガルー。久しぶりの再会に涙をながすあなたに、彼はポケットからちょうどいいプレゼントを渡す。
あなたは贈り物を抱きながら、ポケットの中で誕生日を迎える。

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七月七日

 むかし、某大手企業の重役の娘で、織女という、まあまあ美しい娘がいた。
 織女の母は、織女の兄には甘かったが、織女には厳しかった。織女は厳しい母から一刻も早く逃れたかったので、大学二年のとき、法学部の牽牛という男と結婚した。牽牛の実家は織女の家より格上だったから親も文句は言えなかった。それに織女はすでに身ごもっていた。
 息子の太郎(覚えやすい名前にしたのは将来政治家にしようという考えがあってのことだろう)が小学校に入学するころ、大学時代の友人から、出版社の仕事をしてみないかと持ちかけられた。悪くない条件だったし、織女は幼少期から社会で自己実現したいと考えていたのでやってみたいと思った。牽牛に相談すると、猛反対された。牽牛の家は伝統的な金持ち。牽牛は、女性は家庭を守るもの。女性が家庭を守らなかったら家族は崩壊する。家族の幸せが持続的な成長につながる。家族が幸せだから財界は安泰なのである。といった考えにどっぷりつかっていたから、織女の考えが理解できなかった。
 この件をきっかけに、夫婦関係はぎくしゃくし始めた。ある日、太郎の教育方針をめぐって姑と大喧嘩した織女は怒りにまかせ太郎を連れ、実家に戻った。
 織女と牽牛は、それから間もなく離婚した。太郎の親権は織女が獲得した。牽牛とは、年に一度、太郎の誕生日の七月七日に会う取り決めになっている。