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本。

今日は図書館で勉強頑張ったから、ご褒美に重松清さんの本を借りてきた。
本、と聞くとお父さんのイメージが強い。
というのも、お父さんと話す内容は小さい頃から(小学校くらいからかな)本の話しか無かったからだ。
昔はあんなんじゃなかったのよとお母さんは言うけれども、
私は休日は一人で散歩がてらぶらぶらと歩き、ラーメン屋へ行き、本屋に行く父しか知らない。
家族に興味がないのかとさえ思えてくる。
だから、たまにお父さんが読んだ本を私にこれ、読んでみな、おもしろいよと言って
薦めてくれるのが嬉しくてしかたがなかった。それを読めば父のことが少しでも理解できるんじゃないか、なんて。
小学生でも、活字を頑張って読んだ記憶がある。ただ、会話できることが嬉しかった。
また、中学のときかな、父が読んでるある一冊の本が読みたくなって、読んでもいい?と聞いたとき、
てぃってぃはこの本を読まなくていい、まだ早いと言われたときは悲しくなったりもした。
今思うと、過激なシーンはあったな、とは思う。
それでも父が読んでるものに興味があったから、隠れてこっそり読んだ。泣きながら。
なんだか、父のことを理解するのを拒否されているみたいで。
私にとって、本は特別なんだ、きっと。

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ありがとうね。

今年、多分最後の書き込み。先月
10月、私の誕生日を迎える前に大好きだった、凄く大事な人だった祖父が亡くなりました。原因は数々の医療ミスが重なってしまったのもあります。詳しく書きたくても、どこまで書いたらいいのか。それに載らなかった時の事を考えると心がポッキリ折れるだろうし、書いていて悔しくて辛くて悲しくなりそうなので、あえてここは省略します。
ー5年前も、そうだった。
15歳の頃にももう一方の祖父を亡くしました…あれから何にも変わってない。全く同じ自分がいました、全然進んでなんかいやしないんだ。ちっとも。
…今回20歳の終りにお世話になったおじいさんがなくなった。親族が集まった時周りの親族達が私を何やらずっと終始凝視して私を見てクスクス笑っていました、心が痛かった。ダブルで。
「亡くなってる時に何笑ってんだよ」と思ってみたけれど、…心が空っぽになった。誕生日の日を迎えてもずっとそうだった。ただ虚しかった、祖父を思い出すと涙がじわぁって出る。亡くなる当日に朝不思議な事に「ソラニン」が頭の中に流れてました。沖縄では、親戚のお墓などに蜂が巣を作ると誰かが亡くなると言われています。家に巣作って、その後親戚が亡くなった事もあるからなんだか怖い。心に生き続けるって言うけれど、でも、何だか、何だか。ごめんね、私は何にもしてあげられなかった。21になっても中学の時から少しの進歩もありませんでした。気づいたら色んな事があり過ぎてあまり会ってなかったから、もっと会ってりゃ良かったな…今更こんな事言っても仕方が無いけど。合わせて2人の祖父を亡くした事になります。
人間だから、きっといつかは終りがきてしまう、けれどもやっぱり「そんなの嫌だな。」って思う。
今後、私もどうなるのか分かりません。持病もあれば、他にも色んな問題が立ちはだかっているからです。本当はもっと他にも書きたい事があるけれど(これを書くのに1時間以上も掛かってます泣きながら打ったのもあるけど…)
だから、この書き込みが今日で最後になるかもしれないつもりで書いています。
☆後、良かったら一つ前の今日の書き込みもご覧下さい。
今年もあと少しですね、あっという間でした。だから少し怖いです、自分が置いて行かれるようで。
皆さん、また来れるかどうかは分からないけど宜しくお願いします。
ありがとう、またね。

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「お久しぶりです。」近況報告。

8月以来ですね。まだここが緑色に染まっていた頃の生徒さんはいるのかなぁ…。
本当は前の掲示板も好きだったけれど、どうやらいろいろ新しくなっているようですね、私はまだ全然慣れずよく分からないことだらけです。ラジオネームも省略されているのが分かりますでしょうか…何かラジオネームも文字数制限?があるっぽい感じなんだけど…これも本当は前の状態のままで引き継ぎたかったんだけど、よく分からないけれど出来ませんでした。
さて、掲示板に来れなかった間、本当に。色んなことがありました。ここがリニューアルしていたであろう時期に、私の物が全部捨てられてしまったり。「明日からどうしよう」って事もあったり。近所の事でも怖い事が発展してきたり。他にもまだありますが何よりも、10月。私にとって大事な祖父を亡くしました。
これについては、また後で書きます。
泣きたくなるような事ばかりで。何にも進んでいやしなくて毎日がただ空っぽで残酷な毎日で。もう何で生きているのか分からないっていうか。
後、センター申し込んでいないです。今年も。だから来年受験しません。まだセンター受けた事がありません。祖父の事もあったのと、私の身の回りに起こっている現実や持病。それにまともに全然勉強してないしてか、出来る環境じゃないし。それに…センター申し込むって事はつまり高校に行かないといけないってことだろうし。それを考えるとどうしても足が竦んじゃうんです。恥ずかしいし怖いんです、どんな目で見られるんだろう?とか。言い訳っぽいな、何か…理由を話せば長くなるかと思いますが、掲示板が緑だった頃にいくつか高校であった事を書いた覚えがあります。今はもう無いけど。どうするんだろ、どうしていけば良い?この先、自分。…多分今年は今日、一日限定の掲示板書き込みです。後1つ書き込んで終わろうかなと考えています。これを書くのに30分かかっています、パソコンやっぱり私には無理です。スマホにすることも今後きっと無いかなあと思う。
※レスは不要です(レスの見方分からないけど、来ても返事出来ないかと思います。ごめんなさい。ただ、皆が元気にしてたなら嬉しい。)ひとまずは、ただいま。

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普通のこと。当たり前ってなに。

普通が当たり前じゃない。
みんな、普通のことが幸せとか、当たり前のことが幸せとか言ってるけど、そうじゃない。

私がこんなことを言う一つの理由に妹がターナー症候群だからかもしれない。
染色体が一本欠けているのが一般的なターナー症候群らしいのだけども、
妹は染色体が一本多いみたいで、健常者に近い。ターナーでは稀なケースらしい。
強いていえば少し背が小さいくらい。
それといって何か不自由があるというわけでもないが、
図形や地図が苦手で、道を覚えられなかったりする。

そうしてみると、「普通じゃない」のかもしれない。けど、普通が当たり前で幸せなら、それだったら
私の妹は幸せではないということになるでしょう?。
幸せは自分で決めるものでしょう? そして、普通だから幸せじゃないよ。
父ちゃんが単身赴任してて、なかなか家に帰って来ないで、家族に無関心でも、連絡よこさなくても、
私はそれでも父親は父親だと思ってるし、お母さんに「うちの家族は普通じゃない。てぃってぃ達がかわいそう」
言われても、私はそれなりに幸せだし、かわいそうなんか言わんでよなんて思うし。
普通ではないのかもしれないけど、普通にもなりたくないし、
色んな形はあるものなんだよ。 だから、普通は当たり前でも幸せでもない。

たぶん、私が根本的に言いたいことはそういうことだと思うんだ。
そういうことが言いたいんだ。

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私の高校時代のすべて。

ベボベ先生は私の高校時代のすべてです。
このSOLで、私は中学三年のときに知りました。
受験期で、音楽を聞くのも飽き、ウォークマンでラジオが聞けることを知り、たまたまつけたらB組でした。
最初はおもしろいお笑いの人だと思っていて、最後に流れた曲がかかるまで、
こいちゃんが「僕たちがリリースした曲です」と言うまで、そう思っていましたw
かかった曲を聴いたとき、あ、すごい! なんか、すごいものに出会っちゃった!
と思ってから楽曲を聴くようになり、聴けば聴くほどベボベ先生が好きになりました。
受験が終わると関根嬢の低音の憧れから赤いベースを買って、軽音楽部に入りバンドも組みました。
新しいクラスには私と同じようにベボベ先生が大好きな友達がいて、仲良くなるきっかけにもなりました。
その友達とベボベ先生の秋夜祭やライブに行ったりしてこれ以上嬉しいことなんてないなと思っています。
ベボベ先生のおかげです。

高校入学時、檸檬が弾けるような日々を送りたいと思っていたのが、現実になりました!。

ロックを知るきっかけになったバンド。
バンドを、ベースを、やるきっかけになったバンド。
友達と出会うきっかけになったバンド。

こんな素晴らしいバンド、ベースボールベアーが私はいつまでも大好きです!。
ベボベ先生にこの気持ちが届くといいなと思っています。
届けさせます!