表示件数
0

ベタなストーリー 前編

 角を曲がると、女子高生が突進してきてわたしにぶつかった。ひっくり返ったわたしが半身を起こすと、わたしがわたしを見下ろしていた。
「おい、君」
 声を発すると、女の声だった。女子高生とわたしの身体が、入れ替わっていたのだ。わたしの身体になった女子高生はさらに混乱した表情になり、走り去った。
 立ち上がって制服の汚れをはらう。うちの学校の制服だ。バッグからスマホを探り当て、カメラで顔をチェックする。はて、見たことのない顔だ。生徒の顔はだいたい把握しているのだが。歩きながら思い出した。今日はわたしのクラスに転校生が来る日なのだ。
 未だ混乱した表情の(そりゃそうだろう)わたしの身体になった生徒が職員室から出てきた。
 わたしは生徒に声をかけた。生徒、蒼井るなは泣き出してしまった。わたしはあわてて、るなの手を引き職員用トイレに入った。もちろん男子トイレだ。女子トイレに入るよりはましだろう。
「わたし……わたし……」
 るなはしゃくりあげ始めた。大泣きしそうな勢いだ。わたしは冷静にさとした。
「泣いてる場合じゃない。状況を受け入れろ。わたしはお前のクラスの担任だ。お前はまずわたしをクラスに紹介してから早退するんだ。アパートの鍵を渡す。住所はスマホに登録しておいた」
 わたしはそう言ってポケットからスマホを取り出して画面に表示した。るなはこくんとうなずいた。
「ところで、何をあんなに急いでたんだ? 十分始業に間に合う時間だったろうが」
 るなはぴたりと泣き止み、真顔で言った。
「わたし、超能力者なんです」
「何だと?」
「国の研究機関の暮らしにうんざりして逃げてきたんです」
「……とにかく、まず教室に行こう。話はあとだ」
 るなを連れ、わたしは教室に入った。わたしは目を見張った。
 生徒が全員、床に倒れていた。

0

低音

 台風が横切り、涼しくなった。夕方、目覚めると、わたしは蛙になっていた。とりあえず、けろけろ、と鳴いてみた。わたしの鳴き声は低く、いい声だった。調子に乗って、けろけろ、けろけろ、鳴いていると、雌の蛙が近づいてきた。雌の蛙はわたしよりはるかに大きく、少し、恐怖を覚えた。わたしは雌の背中に乗り、産卵を手伝った。手伝ううち、わたしの身体は雌の背中にめり込んでゆき、最終的に目だけを出す格好になった。産卵を終え、じっとしている雌をねらって蛇が近づいてきたのだけれど、雌はじっとしたままで、一体化して動けないわたしは雌と一緒に、のみ込まれた。
 気づいたら、バツイチ子持ちと暮らしていた。男の子が二人。上は高一、下は中一。
 しばらくして、財布のひもは、嫁──入籍していないから法的には嫁ではないが──が握ることになった。こづかい制になったのだ。わたしひとりでの外食は禁止。社員食堂も利用してはいけないと言われ、弁当と水筒を持たされた。身体に悪いからジュースは禁止。もっとも毎日ジュースを飲むようなぜいたくができるほどの金は渡されていなかった。こづかいを切りつめ、たまに会社帰りにコンビニで買って飲むビールがしみた。
 下の子どもが大学を卒業するころ、ガンが見つかった。末期だった。わたしは半年後に死んだ。
 わたしの遺骨を墓に納めると、嫁は墓にすがり、泣いた。後追い自殺でもしそうなぐらいに号泣していたが、さんざん泣いたらすっきりしてしまったらしく、以来、嫁の顔は見ていない。

0

Dragon Fantasy

 むかし、ドラゴンに悩まされている村がありました。たまにドラゴンがふらっとやってきて、村から若い娘をさらってしまうのです。
 そこで、若者たちのなかで一番屈強なのが骨董屋で手に入れた剣を腰に差し、ドラゴン退治に出かけることになりました。
「ドラゴンをやっつけたら記念に牙をみやげに持ってきてくれ」
「オッケー」
 たいまつの火を頼りに洞窟の奥に進むと、ドラゴンはいました。近くで見るドラゴンは思ったより凶暴そうで、若者はすくみあがってしまいました。
「お前を退治しに来た」
 ふるえる声で若者が言いました。
「ああそう」
 ドラゴンの返事が洞窟内に響くと、若者は腰に差していた剣を捨ててしまいました。
「お前もか……わたしを真近で見るとほぼほぼみんな身体的脅威または脅威、暴力臭、それらに由来する恐怖の裏返しによって愛、尊敬の念がわいてきてしまうストックホルム症候群のような状態に陥る。心拍数を増加させるホルモンが分泌されそこにさらに種々のホルモンが分泌された結果だ。やはり人間なんて生理現象の奴隷にすぎんのだな」
 若者は剣を拾いました。
「若い娘をさらうのはやめてほしいです」
 少し涙目になって若者が言いました。
「さらってない。合意の上だ」
「じゃあせめてもう少し年かさの女性をねらってください」
「中年女を見てもむらむらしない」
「とにかくもうやめてくださいよ」
「そうだな。そろそろ飽きてきた」
「何かべつの趣味を見つけるといいです」
「恋を重ね、女性に対する幻想が消えるころ、狂おしい欲求はなくなり、それにともないすべての欲が衰えてゆく。もう生きるのにも飽きた。その剣でわたしの眉間のあたりを刺してぐりぐりやってくれ」
「……できません」
「やれと言ったらやれ!」
「うわあああ!」
 ドラゴンの牙を持って村に帰った若者を、村人たちは大歓声で迎えました。若者の股間が濡れていて、ちょっと変なにおいを発していることにはもちろん誰もふれませんでした。
 若者には当然若い娘がたくさん寄ってきましたが、若者が相手にすることはありませんでした。ドラゴンの言葉が心にこびりついていて、恋愛する気になれなかったのです。
 どうですか。身につまされる話でしょう。ではまた。

0

美しい音楽

 梅雨が明け、台風が来た。一日雨らしい。かまわない。今日は休日だからだ。せっかくの休みに雨、なんて野暮ったいことは俺は言わない。
 朝の七時。コーヒーが飲みたくなった。傘をさして雨のなか、コーヒーショップまで。
 ブレンドコーヒーを持ってウインドウ席に座る。隣でタスマニアデビルがノートパソコンのキーボードをせわしなくたたいている。俺はコーヒーを飲みながらぼんやりと雨をながめる。自由気ままな休日。
「あなたはまったく自由気ままですね」
 タスマニアデビルがリュックにノートパソコンをしまいながら、俺の顔をのぞき込むようにして言う。
「自由は金で買えるからね」
 俺はこたえになっているようないないようなこたえを返す。
「お金持ちのようで」
「まさか」
「わたしの友人で金で買えないものはないと常日ごろから言っている金持ちがいましてね。ある日それならピュアな心も買えるでしょうとけしかけたらその友人、ピュアな心を買おうとしたんですよ。でも友人はあきらめました。金で買った時点でピュアな心が失われてしまうと考えたからです」
「さすが金持ちだ。ちゃんとものを考えている」
 俺はコーヒーをひと口飲んでからこたえる。
「でしょう。ちゃんとものを考えているから金持ちになれる」
「考えなければ長期的なビジョンは持てないからな。長期的なビジョンがなければ金持ちにはなれない」
「貧乏人だって長期的なビジョンがないわけではないのです。長期的なビジョンのもとに自己を統制できていないだけなんですよ」
「……ところで、どうしてリュックなんか持ってるんだ? ポケットがあるだろう」
 俺がそう言うと、タスマニアデビルはむっとした表情(おそらく)になり、「みなさんほぼほぼそうおっしゃるんですよ。ポケットがあるのは雌だけです」と言った。
「でも有袋類って言うじゃないか」
「不適当なネーミングですな。ざっくりしすぎです」
 俺は外の景色に目を移す。さすがに人通りは少ない。視線を戻すと、タスマニアデビルは消えている。美しい音楽が、店内に流れているのに気づく。

2

七月七日

 むかし、某大手企業の重役の娘で、織女という、まあまあ美しい娘がいた。
 織女の母は、織女の兄には甘かったが、織女には厳しかった。織女は厳しい母から一刻も早く逃れたかったので、大学二年のとき、法学部の牽牛という男と結婚した。牽牛の実家は織女の家より格上だったから親も文句は言えなかった。それに織女はすでに身ごもっていた。
 息子の太郎(覚えやすい名前にしたのは将来政治家にしようという考えがあってのことだろう)が小学校に入学するころ、大学時代の友人から、出版社の仕事をしてみないかと持ちかけられた。悪くない条件だったし、織女は幼少期から社会で自己実現したいと考えていたのでやってみたいと思った。牽牛に相談すると、猛反対された。牽牛の家は伝統的な金持ち。牽牛は、女性は家庭を守るもの。女性が家庭を守らなかったら家族は崩壊する。家族の幸せが持続的な成長につながる。家族が幸せだから財界は安泰なのである。といった考えにどっぷりつかっていたから、織女の考えが理解できなかった。
 この件をきっかけに、夫婦関係はぎくしゃくし始めた。ある日、太郎の教育方針をめぐって姑と大喧嘩した織女は怒りにまかせ太郎を連れ、実家に戻った。
 織女と牽牛は、それから間もなく離婚した。太郎の親権は織女が獲得した。牽牛とは、年に一度、太郎の誕生日の七月七日に会う取り決めになっている。