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卒業までに……

また友達とお昼が食べたい

自分を含めて4人

2年生の秋くらいから食べなくなって、自分はクラスで1人でいた子と食べるようになった。

そしたら、その子以外と一緒に食べづらくなった。

元々居た子達の中の数人はその子とは折り合いがあまり良くなかったし、他の1人とも仲良くなってて、入る隙があまり無かった。

本当は、はじめの頃のように食べたいけど
1人にできない

修学旅行の時にもずっと付きっきりじゃないと行けないことに嫌気が指しちゃって、築地でその子そっちのけで1人でいたらその子が迷子になってしまって、バスでみんなから「どうして一緒にいてあげなかったのか」と責められて何も言えない自分がいた……
「ワガママだ」って言われれば本当にそうだったから……

それがきっかけでその子からなかなか離れることが出来なくなってしまった

あれからしばらく移動教室もお昼もずっと一緒にいた
何度も「自分はこの子のお世話係なのか…?」とか思った

でもやっぱり最後だけでいいからまたはじめの4人でたわいもない会話しながら食べたいな…

でもそうしたら「ねぇ、あの子と食べないの?1人だよ?」とか周りに言われるんだろうな

学校に行くのは予行の2日間と当日だけ

出来る可能性はすごく少ない……

あの子も悪い子じゃないの分かってるし……

ワガママってなんだろうね

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ちょっとしたこと

私は保育園の頃から中学卒業までいじめられていました。

いわゆるいじめられっ子キャラです

小学校の頃まではいつも一緒にいた子はいたのですが、その子は支援学級にいたので、クラスではほとんど1人でした。

中学に入ると、その子は別の学校に行きいよいよ1人になりました。

いじめの内容は、ちょっとでも笑ったりしていると、「調子に乗るな」とか
「キモイ」「ウザイ」「死ね」は毎日のように言われてた気がします。
触ると嫌がられるので、人に触れることが今でも少し抵抗がある時もあります。

中一の12月にたまたま付けたラジオでSOLを知って、中二の頃にアニメに出会って、うたのプリンスさまっを知って声優と言う職業を知って、私の世界は変わりました。こんな世界があるんだと。私も声優やりたいなと思ってた時期がありました。
3年生になって、クリアファイルを持って行ったところ「そんな気持ち悪いもの持ってくるな」と言われたこともありました。

そんなこともあって、高校でもひととの関わり方が分からず、失敗したり
人間関係に疲れて休みがちになったり、
ヒソヒソ話が聞こえれば「自分のことだ」とネガティブに考えちゃうようになりました


今は受験で、みんな着々と推薦なりで受験を終えていく中、自分は志望校が決まっているだけで、出願も何もしていない。そう思うと少し焦ったりする自分がいます。

文章メチャクチャですいません
自分の言葉で自分の気持ちを伝えるのがすごく苦手なんです。

ちなみに今の高校に行って良かったことは、共通の趣味の友達が沢山できたことです!

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ありがとうとさようなら

あんたが1番お世話になった。

みんなが私に聞かせてくれるあなたの言葉は私を大切にしてくれることがとても良く伝わりました。
私の中であなたの1番古い記憶は泣きつく私をあやしてくれる優しいあなたでした。

忘れもしない私の5才の誕生日あなたは家の段差につまづき骨折をして入院してしまいましたね。私は唸るあなたをただただ泣きながら「ひぃばぁちゃん!ひぃばぁちゃん!」と呼びかけることしかでしませんでした。

それから手術をして何度か老人ホームのショートステイに通いながら家で過ごしたあと、急に「部屋が開いたから」とそのまま特養に入所しましたね。

覚えていますか?私が小学生であなたがショートステイに行っていた頃
私が総合学習で訪問した時にあなたはそこにいましたね。
グループ発表のあと、1人1人生徒がふれあう時間、私はあなたの所に行きました。とても嬉しそうだったのをよくよく覚えています。

それから毎年のように、正月とお祭りには会いに行ってましたね。本当はもう少し会いに行けば良かったなって少し後悔してます。後悔しても遅いですね。

お祭りの時一緒に見たよさこいはどうでしたか?

私の成長を誰よりも心配してくれてありがとう

100才になって起き上がることも出来なくなったあなたを見るのが本当に辛かったです。

今年の夏祭り 私が会いに行ったこと気づいてくれましたか?

来年はまた一緒によさこい見ようねって

今度来た時は写真取りたいなって

そう、思っていた矢先でした。

来年の春 私は高校を卒業しますよ

本当はその姿を誰よりもあなたに見せたかった。

今も少し泣きそうです。

でも、足痛かったよね

動けないの辛かったよね

それでも私はありがとうを何度も言っても足りないくらいたくさんの感謝をあなたに貰いました。

その感謝を返すことが出来なかったことが少し残念です。


103年間よく頑張ったね

お別れをするのはとても嫌だけど

いつまでもクヨクヨしてないで、少しずつ少しずつ前を向いていきたいと思います。

だけど今は少し泣かせてください

ほんとにほんとにありがとう

いつまでもいつまでも大好きです
ひぃばぁちゃん

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8月6日

今日8月6日はヒロシマに原爆が落とされた日

たくさんの人が熱い火の中で水を求めてさまよい亡くなっていった日

日本人にとって忘れてはいけない日

今日のこの日を悲しむ人もいる

未だ放射線の影響で苦しんでいる人は沢山いる

でも、そんな日でも私にはお祝いしたい人がいます

それは原爆が落とされる30年前の今日

08/06に生まれた私のひいおばあちゃんです

今日で103歳です

小さい頃、2人の姉の世話と仕事で忙しい両親や祖父母に代わり末っ子の私のお世話をしてくれました

しかし、私が5歳の誕生日に祖父母宅で段差で転び骨折

何度か手術をしましたがそのまま寝たきりになりました。

それから十数年

いまは特別養護老人ホームでゆっくり過ごしています

毎年お正月と入所している老人ホームのお祭りであっています

もう 歩くことはもちろん、自分で起き上がることも喋ることも出来なくなってしまったけど

頷いたり手を振ったりして反応してくれるのでまだまだ元気です

今日本当は行こうかなと思っていたけど残念ながら夏風邪を引きここ2~3日熱が上がったり下がったりです

無理して会いに行って風邪を移すと悪いので今日も家でのんびり寝てました

いつまでも元気で天寿をまっとうして欲しいと思います

大好きだよひいばあちゃん