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チーズケーキ

 ぼんやりするのに神経が高ぶっているのは雨続きで肌寒いとはいえ夏だからだろうか。文庫本に集中できない。いつものコーヒーショップ。平日の雨の午後。客はまばらだ。少し離れたテーブルで、スーツ姿の男女が向き合っている。どうも後輩らしき女性が、先輩らしき男性にプライベートの悩みを相談しているようである。
 女性より男性の方が脳が大きい。ゆえに男性の方が論理的、女性の方が感情的というのは誤りである。男性は女性より脳が大きいぶん論理的でもあるし感情的でもある。女性よりも論理の領域、感情の領域が大きいわけだから。
 つまり男性のほうが女性よりも傷つきやすい。傷つきやすさを表に出さないのは感情も強いが理性も強いからである。よく、女性は共感力が強いから解決策を出すより悩みをきくことに徹し、男性は論理的だから解決策を出そうとするというがこれはちょっと違う。男性が解決策を出そうとするのは解決策を出して助けてあげようという気持ちが強いからである。女性よりも親身になって考えることができるからだ。男性のほうが温かく、繊細で、女性のほうが冷たい。仕事中に、プライベートの悩みを相談することに躊躇がないのは単に図々しいからである。先輩に頼もしさを感じているからではない。などと言ったら言い過ぎか。とにかく相談しているわりには先輩のアドバイスに対し、気のない態度である。先輩がかわいそうになってしまう。が、そんなのは一瞬。わたしは文庫本をテーブルにふせ、チーズケーキを食べようとカウンターに向かったのだった。

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飯テロ 後編

「どうしてないんだ」
「人気メニューでして」
「人気メニューだったらなおさら多めに材料を仕入れておくべきだろう。君ね。わたしは水にさらししゃきっとしたレタスとクリーミーなチェダーチーズ、無添加のボローニャソーセージをはさんだ表面のかりっとしたバゲットにかぶりつくためにわざわざ朝の忙しいなか並んだんだ」
 中年男が振り返って言う。
「なあ、あんたもそうだろ。ボローニャソーセージサンドが目当てだろ。おかしいじゃないか。あんな美味いものが品切れなんて。ボローニャソーセージサンドをひとかじり、口いっぱいにひろがるレタスとチェダーチーズとボローニャソーセージの三重奏。いや、バゲットもあるから四重奏か。それをよく冷えたアイスティーで流し込む。眠気が一気に覚める。わかるだろ。あの感覚。あんたもあの感覚の虜なんだろ。そうなんだろ? な? なっ⁉︎」
 怒りで脳がオーバーヒートしているのだろう。不適当な言葉を口走っている。もちろん記憶力も低下しているはずだから、後から反省もできない。この男は普通の客ではなくテロリストだと判断したあなたはためらわず中年男のあごを蹴り上げ、ひと仕事終える。
 さて、おしゃれで気のきいたあなたがなぜ戦闘員などやっているのだろう。親も戦闘員だったから? 子ども時代にいじめられた経験から強くなりたくて?
 人間は原因があって行動しているのではない。快原則に則って行動しているのである。あなたが戦闘員をやっているのは、男のあごを蹴り上げるとすかっとするからである。

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Birthday

 娘がいた。娘は賢かった。有名国立大学を出て、会計事務所で働いていた。恋人はいない。美人だったから言い寄ってくる男は草食系時代とはいえけっこういたが、ひとりでいるのが好きだった。趣味は海外旅行とグルメ。よくいるおひとりさまだ。
 ある週末、娘は仕事を終え、行きつけのイタリアンレストランに入った。まだ空は明るかったが、テーブル席はふさがっていた。カウンター席に座り、ワインを飲みながら食事をした。満腹になり、モニターの映画を見ていたら、酔いも作用していたのだろう。少しうとうとしてしまった。
「お疲れのようですね」
 隣に、スーツ姿の男が娘をのぞき込むような格好で座っていた。男がこの世の者ではないことはひと目でわかった。
「誕生日おめでとうございます」
 男はグラスを上げて言った。いつの間にか、手元にシャンパンの注がれたグラスが置かれていた。
「そういえば今日誕生日だった」
「誕生日を忘れる人はいないでしょう」
「本当に忘れてたの」
 娘はシャンパンをひと口飲んでこたえた。
「それは年をとりたくないがゆえの防衛機制のせいです。おいくつになられたんで?」
「三十」
「結婚願望は」
「ひとりが好きなので」
「子どもは欲しくないんですか」
「わたしが作らなくても他の人が作ります」
「でもあなたの子どもじゃないでしょう」
「子どもは親の物ではありません。そもそも人間は誰の所有物でもありません。わたしは全人類レベルでの見方をしています。わたしの直系の子孫は絶えても種としての人類が繁栄すればそれでいいのです」
「大量殺戮兵器によって絶滅してしまうかも」
「それだったらなおさら子どもを作る必然性はないでしょう」
「……結局生まれ変わっても極端に走るだけか」
 男は天井を仰いで言った。闇が訪れた。誰もいなくなった。すべてが闇に包まれた。

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 むかし、ある王国に、娘がいた。娘は王に恋をしていた。かなわぬ恋だった。娘は美しかったが平民だったし、王の好きなむっちりボディではなかった。おまけにちょっと頭が弱かった。娘は自分と同じ階層の男と結婚し、女の子を一人もうけた。
 年月が経ち、王の霊力も衰え、新しい王を立てることになった。霊力の衰えた王はどうなるのか。殺されるのだ。
 王の側近が、殉死する女を公募した。条件は生娘であること。もちろん自薦他薦は問わない。娘が一人、差し出された。
 王と娘は小屋に閉じ込められた。こげくさいにおいについで、ぱちぱちと木のはぜる音がきこえると王はパニックになったが、娘に抱かれると脱力し、目を閉じた。王はそのまま眠ってしまった。娘は王を抱いたまま、じっとしていた。やがて煙が充満し、意識が薄れていった。娘は幸せだった。母の恋愛を成就させることができたのだから。



 娘の人生には何もなかった。あるのは退屈だけだった。せめて思い出にひたれるぐらいのことができればよいが、大した記憶力がないので無理だった。
 美しかったころの面影は微塵もなく、悪態をついてひとを不快にさせる以外に取り柄のない老女になり果てた娘。そんな娘にもお迎えが来た。肺癌だった。
「お花畑が見えるわ」
「極限状態の脳が幻覚を見せているだけです」
 天使がそう言うと、お花畑は消え、娘は天使と向き合う格好で空中に浮かんでいた。
「どうしたのかしら。何だか頭がさえているの」
「馬鹿も死んだらなおるのです」
「わたしはどうしようもないクズ女だったわ。自分のエゴを満たすために娘を殺してしまった。死んでしまいたい」
「もう死んでます」
「消えてなくなりたい」
「それは無理ですね」
「どうして生きているうちに賢くしてくれなかったの」
「愚か者はそのままでいいという方針です。アルジャーノンに花束を読めばわかりますが、何十年も自分の愚かしさに気がつかず生きてきた人間が急に悟ってしまったら、かえってまずい。ショックで自殺してしまう可能性もある。だからわざわざ気づかせる必要はない。生きて少しでも社会に貢献してもらったほうがいい」
「アルジャーノンって何ですか?」
「検索してください」
「やりなおしたいわ」
「来世の頑張りに期待します」
 天使が言うと娘は、まばゆい光に包まれた。

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灰皿

 早い時間に目を覚ましてしまった。雨が降っていた。不意に、父のことを思い出した。父は雨が降ると決まって頭痛になり、仕事を休んだ。つまり雨が降ると休んだ。そんなだから、どんな仕事も長続きしなかった。
 父はよく、自分の親と育った家庭環境を呪うような言葉を吐いていた。きくたび、わたしは、いつまで子ども時代を引きずっているのだろうと思った。若いうちならともかく、中年になって成育環境が悪かったから大した人物になれなかった、なんて言ってるようではどうしようもない。親や社会のせいにしたところで、誰も自分の人生に責任なんかとってくれないのだ。自分の人生の責任は自分でとるしかない。老人になっても、死ぬ間際になっても言い続けるつもりなのだろうかと思っていたら、わたしが二十歳のときに死んだ。
 目を閉じて再び眠りに就こうとした。枕元に、父の姿が見えた。目を閉じたはずなのに父の姿。ということはこれは夢。もちろん目を開けたままだったとしても夢である。父は死んだのだから。
「夢じゃない」
 父が言った。あぐらをかいて、煙草を指の間に挟んでいた。
「煙草吸わないでよ」
 言うべきことがもっとほかにあったはずだが頭がはたらかなかった。仕方がない。夢なんだし。
「昔から吸っている」
 父はそう言って、鼻の穴から煙を出した。
「そういう問題じゃないでしょ!」
 わたしは半身を起こして煙草をはたき落とした。父はうつろな目をさまよわせると、「頭痛がするんだ」と言って。横になった。
「どうしてか教えましょうか」
「どうしてだ」
「煙草吸うからよ」
 父はわたしに尻を向け、ジャージのズボンのポケットに手を突っ込んで言った。
「お前はお母さんに似てヒステリーだ」
「あなたがいつも怒らせてたんでしょうが!」
 立ち上がって父の尻を思い切り蹴り飛ばした。わたしは尻もちをついた。ぶう〜、というおならとともに、父は消えた。
 わたしはしばらく尻もちをついた格好のままで泣いた。本当はもっと話したかったのだ。
 枕元の灰皿に、煙草がくすぶっていた。雨はやんでいた。

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エゴがなくなれば環境問題は解決される

 多少の増減があるとはいえ日本は少子化傾向にある。
 ところで、子どもが欲しいから結婚するという発想は日本人特有のものらしい。本当かどうかはわからない。リアルな外国の情報にアクセスできるような語学力は自分にはない。
 現代の豊かな日本において、子どもはどう位置づけられているのだろうか。貧乏人にとっては授かりもの。上流にとっては金持ちであり続けるためになくてはならないもの。中流にとってはエゴを満足させるための贅沢品。こんなところか。いずれにしてもお金のかかる存在であることは間違いない。
 環境問題というのは誰かが割を食わなければ解消できない問題である。ということはつまり誰かが割を食えば解消できる問題である。環境問題は人口が減らないことには解決しようがない。大規模な飢餓や大量殺戮によらない人口減少のための手段は子どもを作らないことである。
 なんということだ。日本人は労せずして環境に貢献しているではないか。
 子どもを欲するのはわざわざ言うまでもなくエゴだ。
 これはわたしの個人的な印象だが、わたしの同世代の人たちはペットを飼う気さえない。
 このまま日本は平和に滅亡するのではないかと思っている。

私見ではありますが、過激だと判断しました