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異分子幻肢 その②

「……どうしましたか?」
宮城さんの反応的に、やっぱり気付いていないみたいだ。
「あの、オバケが近くにいるかもしれないので、危ないです」
私の言葉を聞いて、宮城さんもすぐに周囲を警戒し始めた。
「へぇ……? 私には全く分かりませんでした。どこにいるかは分かりますか?」
「いや、そこまでは……、でも、近くにいるはずです」
けれど、何も見えないし、何の気配も感じられない。もしかして、あの感覚はオバケとは無関係?
「……宮嵜さん」
不意に、宮城さんが重々しく口を開いた。
「何でしょう」
「今、何時ですか」
「えっと……」
手首を見てみるけど、そもそも腕時計をつける癖が無いので分からない。
「今の正確な時間は分からないけど……たしか、家を出た時は7時過ぎだったと思うので、15分か20分かそこらですかね?」
そう答えて、宮城さんに目を向ける。宮城さんは何かに怯えているようだった。
「宮城さん、もしかして、何か見えてますか?」
「いえ、おかしなものは何も。……でも、この時間帯って、こんなに静かなんですか?」
そう言われてみると、たしかにいくら休日の朝とはいえ、何の音もしないのは少し不気味だ。
それに気付いた瞬間、そこら中に嫌な気配が、何というか『生えてきた』。それらはすぐに、ある形をとる。
「宮城さん、見えてますか?」
「はい、たしかに。そこら中に何か腕みたいなものが生えてきていますね。近寄るのはマズいでしょうね」
宮城さんは腕を避けるように移動し、近くの塀に寄りかかった。
「これ、何が起きてるんでしょうか……」
そう呟く宮城さんに、塀の向こうから伸びてきた腕が迫っていた。
「宮城さんッ! 早くこっちに!」
彼女も気付いたようで、すぐにこっちに戻ってきた。
「何なんですかあの腕……まともに動けませんね……」
宮城さんが吐き捨てる。
「えっと、私の家が近いんで、一度避難しましょう」
「む、了解です」
宮城さんの手を引いて、とりあえず我が家に向かった。

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異分子幻肢 その①

前回、あの溜まり場に行ってから3日が経った。このところ眠る度に毎日、夢に化け物が出てくる。あの時遭遇したのとはまた別の、見たことも無い化け物が。夢は自分の記憶が元になって作り出されているとはいうけれど、私の記憶や想像力から生み出されたとは思えない、奇妙な姿のものばかりだ。あまりにはっきりと記憶に残るものだから、目を覚ます度に夢日記の要領で化け物たちをスケッチしているけれど、どれもこれも正気とは思えない見た目をしている。私はおかしくなってしまったのだろうか。
新鮮な空気を吸って落ち着こうと、ベランダに出る。ふと下の方に目をやると、家の前の道を宮城さんが歩いていた。我が家の前を素通りした辺り、私を訪ねてきたってわけでも無さそう。
急いで寝間着を着替え、家を出る。宮城さんはまだ家の近くをうろついていた。
「宮城さん宮城さん!」
呼びかけると、宮城さんは少し間抜けた顔で振り向いた。
「宮嵜さん……? さっきあっちの方に行きませんでした? それを追ってきたんですが」
「いや、今起きたばっかりですけど。私のドッペルゲンガーでも見ましたか?」
「かもです」
「恐怖体験じゃないですか……」
「それより宮嵜さん、何故ここに?」
「私の家、この近くですもん」
「あー……そういえば見覚えありますね。千葉さんがいた時の。……まあ、まだ朝早いし、私は帰りますね」
宮城さんは小さく一礼し、道を表の通りに向けて引き返し始めた。
それと同時に、全身に走る悪寒。オバケと出会ったときの感覚だ。咄嗟に宮城さんを見るけど、彼女に反応は無い。
「宮城さんッ!」
どこにオバケがいるかも分からない今の状態でそれは危険だ。急いで宮城さんを追いかけ、その腕を掴んだ。

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視えるモノ その⑤

部屋の中を探しても、宮城さんは見つからなかった。代わりに、彼女の靴が既に玄関に無いことを発見した。
部屋を出てみると、宮城さんはすぐそこで待っていた。
「ども、宮嵜さん。帰りご一緒させてください」
「あっはい」
何だか覚えのあるやり取りを交わし、雑談しながら帰途につく。
「……あの、宮嵜さん」
世間話の中、唐突に真剣な声で宮城さんが私の名前を呼んだ。
「何ですか、宮城さん」
「宮嵜さんの能力について、一つ考えたことがあるんです」
「はい」
「たとえば、宮嵜さんには扉の肉塊が見えませんでしたね」
「まあ、そうですね」
「でも、部屋の中にいたあの人影は見えてた」
「……? あ、あれか」
そういえばそんなのもいたっけ。ほとんど忘れていた。
「私の『眼』で見た限り、あの人影は相当の悪霊だったんですよね。見えないフリしなきゃ詰みでした」
「扉の奴は?」
「ただそこにいるだけの、只管気持ち悪いやつです。生理的に無理ってやつです」
「それで、宮城さんの考えとは?」
「はい、もしかして、相手の危険度によるんじゃないかと。ヤバい奴だけ見えるみたいな」
「ふーむ……あ、そういえば、宮城さんに似たオバケに会った時の話なんですけど」
あの日の柴犬の話をする。謎の獣のオーラ、柴とは思えない吠え声、オバケを退散させたことまで。
「ふーむ? それなら、危険度というよりはその純粋な強さといった方が良いんでしょうか?」
「どうなんでしょ……可能性の一つとして頭に入れときましょう」

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視えるモノ その④

「あ、待って宮城さん」
彼女の後について行く。あの少年、岩室弥彦もついて来た。
「なあ待てよー、お前、ミヤシロっていうの? 漢字でどう書く? 下の名前は?」
岩室弥彦はしつこく尋ねてくる。宮城さんも面倒そうに溜め息を吐いている。ここは私が動くべきだろう。
「ごめん岩室さん、彼女はあんまり男の人が得意じゃないみたいだから。距離をおいてあげて?」
岩室弥彦を押し留めて説得するも、どうも納得というか理解ができていないような顔をしている。
「大丈夫だって! しばらく接していればそのうち慣れてくるからさ!」
「えぇ……」
まったく考えを改める様子が無い岩室弥彦だったけど、ふと動きが止まった。みるみるうちに顔が青ざめていく。
「だめだよーヤヒコ君。女の子を困らせちゃ」
いつの間にかトモちゃんが彼の背後に忍び寄り、あの謎の腕が彼の身体中を掴んで拘束していた。
「ご、ごめんなさい……」
振り絞るようにどうにかそう言った岩室弥彦に満足したのか、謎の腕の拘束は解かれ、トモちゃんはにっこり笑ってあの男性と話しに戻って行ってしまった。
「あぁー……怖かった……。あの人、たまにすげーオーラ放ってくるんだよな……」
やっぱり、こいつにも見えていないのか。
「岩室さんだっけ。あなたじゃ宮城さんとはまともに付き合えないよ」
そう言い捨て、まだ呆然としている岩室弥彦を置いて宮城さんを探しに行くことにした。

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視えるモノ その②

「宮城さん、もしかして、何か見えているんですか?」
トモちゃんだけに驚いたとは思えない動揺の仕方。宮城さんの能力から考えるに、そういうことなんじゃないか。そう思って尋ねてみた。
「はい、あの、そこの扉、あるじゃないですか」
宮城さんは部屋の扉を指しながら言った。
「はい。それが何か……」
「あの扉の外に向いてる方。その全面を、人の身体のパーツっぽいものが覆っているように、私には見えてるんです」
そういえば、彼女が自分で扉を開けているところをこれまで一度も見たことが無い。
「パーツっていうと、それはつまり……?」
「……どちらかというと、内側に隠された部分がメインですね」
それはつまり、臓も……いや、やめておこう。
「うえぇ……そりゃ、扉にぶつかった時にあんな反応にもなりますね……」
「はい……。宮嵜さんには見えてないんですか?」
「残念ながら……」
「ふーむ……。これは、宮嵜さんの能力を考察する手掛かりになりそうですね。とりあえず、扉開けてくれませんか? 今お話しした通り、私にはちょっとできないので」
宮城さんの話を聞いたばかりだと気が引けるけれど、私には見えていないし、見えないなら存在しないも同じだろう。現に他の人は普通にこの扉を開閉している。何より、このままでは宮城さんが困ったままになってしまう。
扉を開けて、宮城さんが中に入るのを待ち、自分も部屋の中に入って、扉を閉めた。

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視えるモノ その①

あの化け物との遭遇事件から1週間後。期末テストのせいでしばらく能力者の皆さん、そして宮城さんにしばらく会えなかったけれど、久しぶりにこの溜まり場に来ることができた。
「……ん、どうも、宮嵜さん。お久しぶりです」
「ん、お久しぶりです、宮城さん」
久しぶりに出会う宮城さんは、以前と変わり無い雰囲気で安心できた。
「そうだ、聞いてくださいよ宮城さん。1週間前、一緒に帰ったでしょう?」
「はい、そうですね」
「別れた後、変な化け物に会ったんですよ。怖かったです……」
「化け物? どんなのですか?」
あの後、記憶を頼りに描いたスケッチを鞄から取り出し、宮城さんに見せた。
「何度か夢に見たくらい、強烈な出来事でしたよ……」
「どれ……うっ」
絵を見た宮城さんは、短く呻いて顔を顰めた。そうしたくなる気持ちはよく分かる。かなり気持ち悪い姿の化け物だったし。
「こんなの見たことも聞いたことも無いですよ……」
「私だってあの時が初見でしたよ」
「あれ、二人とも中に入らないの?」
突然、トモちゃんが会話に割り込んできた。彼女は私たちのすぐ背後まで音も無く近付いてきていて、それはつまりあの謎の腕たちも目の前まで迫っていたということで、それが見える私と宮城さんは驚いて飛び退き、扉に勢い良くぶつかってしまった。
宮城さんはそれで更に悲鳴を上げ、私の腕を掴んでその場に倒れ込んでしまった。私も巻き込まれて彼女に覆い被さるように膝をつく。
「わぁ、驚かせちゃったみたいでごめん。でも、そんなに驚くところだったかなー……」
「い、いえ、突然だったもので……」
私はどうにか答えて立ち上がろうとしたけれど、宮城さんにすごい力で引き留められて動けない。
「宮城さん、放してくださーい」
彼女は無言で首を振り、まったく手を放そうとしてくれない上に、力はどんどん強くなっている。
「手ぇ貸そうか?」
トモちゃんが提案してくれたけど、丁重に断っておく。彼女に近付かれるのは、今の宮城さんにとってはきついだろう。
「私が落ち着かせるので、どうぞお気になさらず」
「そぉ? それじゃ、またね」
トモちゃんが部屋に入って行ったところで、ようやく宮城さんは落ち着いてきて、手も放してくれた。
「宮城さん、落ち着きましたか?」
「は、はい。ご迷惑をおかけしました……」

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黄昏時の怪異 その⑤

分かれ道に差し掛かる。選んだのは、奥にアパートがある左の道。アパートの2階への階段を駆け上がり、元来た方へ振り返る。
気配の正体はアパートのすぐ前まで迫っていた。濃紺のがさがさした毛皮、身体中についた縦長の瞳を持った眼球、人間のそれを思わせる数対の腕、道路の幅いっぱいに詰まるほどの巨体を持った、見るからにこの世のものでは無い化け物が、全ての眼を私に向けていた。
(……あんな大きな化け物だったのか……。最悪、ここで何とか躱せないかと思ったけど、あいつの大きさ的に無理かな……)
化け物はアパートの前で立ち止まって、私の方をじっと見ている。あんな執拗に追いかけてきた割に、意外と敵意が無いのか?
そう思っていたら、突然化け物が腕を何対かこっちに伸ばしてきた。2階の廊下を走り抜けて回避したけれど、行き止まりでこれ以上逃げられない。さあ、覚悟を決めろ。
「……よし、来いっ」
化け物が残りの腕もこっちに伸ばしてきた。タイミングを合わせて廊下の手すりを乗り越え、化け物の背中に飛び降りる。化け物の背中は意外と弾力があったとかそういうのは良いとして、何となく気持ち悪かったので目玉を避けて背中を飛び降り、家の方に逃げた。あの身体の大きさならすぐに追っては来られないだろう。
家の前では相変わらず黒い人影が待ち伏せていたので、素通りして入り組んだ住宅地に繰り出した。狭い道の多いこの辺なら、あの化け物は上手く追っては来られないだろう。
そう思っていると、またオバケに会った時の感覚が全身に走った。びくっとして周囲を見回したけれど、周りに嫌な気配は何も無い。
「……あれ、もう終わり……?」
恐る恐る家に引き返してみたけど、何もいない。
「何だったんだろ……」
とりあえず、さっきあったことは忘れて家に入った。何も起きない。やっぱり家はリラックスできる場所じゃ無きゃ。