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3

Heterochromia of Iris [3]

 魂の抜けたような顔で、少女は遊園地の前に差し掛かった。依然としてうだるような暑さは変わらない。むしろアスファルトからの照り返しが余計に強くなった気がする。それでもエントランス前のピエロは涼しい顔で(まあ着ぐるみだからそれはそうなのだが)風船を配っている。
 近づくにつれて、ピエロの様子がわかってきた。悲しげな表情に派手な服装。だいぶんとくたびれ、みすぼらしい有り様ではあるが、少なくとも汚いだとかそういう風ではなかった。赤や緑、黄色などの風船をもって、入園するしないに関わらず、手当たり次第子供たちに配っている。
 風船を受け取った子供たちは、それはそれは嬉しそうに「ピエロさんありがとう!」なんて言っているから、少女の頬は知らぬ間に緩んでしまっていた。
 ────私も貰おうかな。
 普段は無論風船なんて興味ない少女であったが、なぜかこのときはそんなことを思ったりした。
 やはり足取りだけは魂の抜けたようで、フラフラとそのピエロに近づく。そんな少女にピエロも気づいたようで、こちらを向き、にっこりと微笑んだ────ように見えた。何しろ着ぐるみだから表情なんてわからない。ずっとその悲しげな表情は変わらないままだ。
 少女がピエロの目の前に立つと、ピエロは残り三つ持っていた風船のうちの一つ───赤色だった───を、今までと同じように少女に向かって差し出した。少女はそれを受けとると、やはり他の子供たちと同じように「ありがとう」と言おうとしたが、なんだか突然気恥ずかしくなってうつむき、なにも言わなかった。
 と、その時である。パアンと大きな音が頭上で鳴った。あまり大きかったので、周囲にいた人は驚いて皆少女の方を凄まじい勢いで振り返った。無論驚いたのは少女も同じである。
 目を大きく見開いた少女は、身じろぎひとつしなかった。そんな少女を訝しく思い、ピエロがそっとその顔を覗きこんだ。
 半ば放心状態の少女の目がピエロの目と合った瞬間、ついさっき割れた風船の音と同じ音が、右目の奥で鳴った気がした。



 そこからのことを、少女はあまり覚えていない。気がついたときには目の前でピエロがグッタリと横たわり、少女は左手に封筒型の紙袋をもってカプセルをコリコリと咀嚼していた。
 少女───霧崎あかねの右目の瞳は、真っ赤に染まっていた。

[完]

2

ザ フール イズ オールソー ザ クラウン

「中身、何だった?」
よくスーパーのお菓子売り場に売っている、ウエハースがおまけに付いているカードの袋を開封しながら、友達が尋ねる。
「…これだよ」
うちはすっと彼女に袋の中のカードを見せた。
「The Fool…”愚者”、か。タロットカードの大アルカナの1番最初…」
「愚者?」
「そ、愚者。自由人。放浪者。このカードの絵柄の通り、道化師とも言う」
友達は自慢げに自らの知識―いや趣味を披露する。
「…うちにはさっぱりだなぁ」
うちはカードに描かれた愚者、いやむしろ道化師を眺めながら呟く。
「いつも自由にやってるあんたにピッタリだよ」
「そぉ?」
うちはちょっと首を傾げる。
「うち、これウエハース目当てで買ったんだけどなぁ」
「ホント、あんたらしい」
そう言って友達は自分のカードを見せる。
「あたしは…魔術師。どぉ? よくない⁇」
「さぁね…」
うちはカードのおまけのウエハースをかじりながら言う。
「にしてもあんたホントこういうの好きだね。集めてんの?」
「あー、お小遣いが許す限り、かな。まぁすでに何枚かダブってるんだけど」
「ふーん」
前々からそうだけど、こいつの趣味ってなんか変わってる。
変なカード集めてたり、変わった曲聴いてたり、オッドアイの変なぬいぐるみ連れてたり、ファッションだって個性的…ホント自由人、タロットの愚者、道化師そのもの。
「あんたって自由な人間ね」
ぽつり、と何気なくうちは呟いた。
「ふふ、ま、小さいころは周りに滅茶苦茶振り回されてきてきたからねぇ… 今は自分の意志で自由にやらせていただいてるよ」
彼女はそう笑って、ショッピングモールの屋上の柵から下界を見下ろした。
上から見える、ショッピングモールの入り口では道化師…いや大道芸人が芸を披露している。
彼女はそれをここから眺めているのだろう。
「なぁあんた、あれ…大道芸見たいんなら、下行けばいいんじゃない?」
彼女は長い髪を揺らしながら振り返る。
「ここからでも、あたしには十分見えるわ」
ああそうだったな、とうちは笑い返した。
フフフッ、とどこかわざとらしく笑う友達の瞳は、綺麗なネオンパープルに輝いていた。

1

マリオネットガール

目を開けると薄暗い部屋の中にいた。窓の向こうには1つのマリオネット人形。ぼんやりと考える。
私、なんでこんなとこに…?
______________________
興味をそそられて入った場所はまるで異国の地、まさに異国。
アラビアンナイトに出てきそうな怪しくも美しい街だった。
活気にあふれる市場や、紫がかった色の空。
すっかり心を奪われてしまった。
子供達のはしゃぐ声。
おばさんが話す声。
どれも自分の知っているものとは違っていた。
深呼吸をする。乾いた空気が喉を撫でる。
この状況を不思議に思いながら、それでも受け入れる私がいる。
見上げた空が不意に陰った。
ぴかりと一筋の光が目の前を走る。
ざわざわと人が騒ぐ音。
燃えた1つの屋台。
肩で息をしながら走る。走る。
突然、視界が反転する。
痛い、いたい、いた…い。…痛くない…。
目を閉じる。
「雷にうたれたんだな、可哀想に」
なぜか一言だけ聞こえる。
体が動かない。
まるで人形みたいな私の体…。
______________________
目の前にあるのは窓ではなかった。
鏡、だった。
映された自分の姿。
青と黄色の瞳、オッドアイ。
誰かに持ち上げてもらわないと決して動かない体。
「出番だよ」
ぎしりと体が音を立てた。



少女はそこで目を覚ました。

1

 

異国からやってきた少女がひとり佇んでいた。
少女の、まるで金を鋳溶かしたような髪が夏の陽光を受けて溢れんばかりに輝いている。遠くの空の青を眺めていたその少女は、こちらを見ると笑いかけて寄ってくた。
「そんなに空が好きなのかい?」
「いいえ、違うわ。こちらの空は色が薄いと思っていたのよ」
そうかい、向こうの空の方がお好みかい? と訊くと、そんなことはないわと返ってきた。心がまだ遠くにあるような声だった。
「向こうの空は寒々しいほど青いの。夏なのに凍えてしまいそう。こちらの空は向こうのよりは温かいけど、でもなんだか嘘くさい青だわ。ひどくのっぺりしてるのね」
だからどっちもあまり好きではないわ、と明朗に話す少女。
「今夏はいつまでいるんだい?」
「全部お父さんの仕事しだい。私にはさっぱり分からないわ。でも少なくとも今日は大丈夫よ。お父さんが風邪をひいて寝込んでるの」
明日には治るわと自信ありげに話す少女の目には、疑いなど微塵も映っていなかった。
少女の眼。
彼女に嵌っているそれらの色は左右で違っている。虹彩異色症。俗にいうオッドアイだ。
「……うん、やっぱり青は嫌い。私の左目を取って、右目と同じ色にできないかしら」
カラーコンタクトならいいかしらと宣う少女が持つ目の色は青と金の二つ。左が青、右が金だ。空の色と、彼女の髪の色。
「そうか、青は嫌いか」
「ええ、嫌い。綺麗だし、愛おしいとも思うけどね。でもやっぱり好きになれないの」
「どうしてだい?」
「だってね、例えば水は青で表されるでしょう。雨も青で表されるでしょう。涙も青で表されるでしょう。私は人を憂鬱にさせたり悲しませたりするものは嫌いなの。……そう、たとえばあなたのことよ。キラー・クラウン」
青い涙が描かれているその顔から、低く嗤い声が漏れる。