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ディナー

 いい店ありますよ、と部下に耳打ちされてから数時間後、わたしは自宅とは反対方向の電車に揺られていた。
 目当ての雑居ビルはすぐに見つかった。近代的なビル群のなかで、さびれた外観がひときわ目立っていたからだ。
 エレベーターの扉が開くと、キャミソール姿の女がピンク色の照明に照らされ立っていた。直接部屋に出るとは思っていなかったのでやや面くらったが、すぐに気を取り直した。のん気に面くらっている場合ではない。神経を研ぎ澄まして料金ぶん堪能しなくては。
「予約した鈴木です」
 こくりと女はうなずき、ジェスチャーでついて来るよううながした。
 通されたのはリノリウム床の、高度経済成長期に流行ったようなダイニングキッチンだった。ばかでかい食器棚の中央にブラウン管のテレビが納まっていた。映るのだろうか。単なる飾りか。女にきこうとしたが、すでに調理を始めていた。話しかけて集中力を削ぐのは愚だ。
 きっちり十分で料理が運ばれてきた。飴色のスープ、ちぢれ麺、正真正銘のインスタントラーメンだった。
 我を忘れてスープ一滴残さずたいらげ、余韻にひたっていると、缶コーヒーを渡された。渡されたはいいが、どうやって開けるのかわからなかった。女は察したらしく、手を伸ばし、開けてくれた。口のなかで転がし、鼻から息を抜き、香りをじっくり味わってから食道に流し込んだ。至福のひとときだった。
 缶コーヒーを飲み干してから女に、「あのテレビは映るの?」ときいた。女は何も言わず、曖昧な笑みを浮かべた。
「日本語わかる?」
 女は首を振った。
 目的は達成したのだ。長居してもしょうがない。わたしは会計してくれるようジェスチャーで示した。すると、「ありがとうございます。八万二千円になります」と元気のいい声がどこからかきこえた。テレビだった。ブラウン管に萌え系のキャラクターが浮かび上がるのと同時に女は目を閉じ、固まってしまった。わたしは戸惑い、女と萌えキャラを見比べた。
「その女は他律型ロボットです。指示を出していたのはこのわたくし。ラーメンはお口に合いましたでしょうか」
「ああ、もちろん」
 ぼそりとわたしはこたえた。
 こんな未来の到来を待たずに死を迎える世代は幸福である。