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♯5 紡げ、笑え。

怖かった。
人が。人が話す言葉が。

この世界中のありとあらゆる音が嫌いだった。

2年間、私は引きこもりだった。
昼から夜までただ、何もない壁にわけわかんないことをブツブツぶつけていた。

そんな日々だった。

そんなある日、家にいる母から呼び出された。
久しぶりに部屋から出ると、リビングの懐かしい匂いがして、コーヒーの匂いも漂っている。

椅子に座って、向かいの母に顔を向ける。2年越しの母はさすがに老けていた。電灯の白が、痩せこけた頬骨に陰を作っていた。

そして、母はテーブルのホワイトボードに手を伸ばした。
そして、すらすらと書き記した。

貴方、これからどうするつもり?

ホワイトボードとマーカーを手渡され、私は書いた。

わからない。どんな仕事があるのかも知らない。
私はこれからも、この生活を続けて、のろのろ死んでいくつもりだよ。

すると母は、

あんた。良い加減甘ったれんな!

私は目を見開いた。

これからどうするかなんて関係ない!
まず目の前のやるべきこと見つけて、それに向かって行動すんの。
遅いよ。
私はあんたを障害者だろうがなんだろうが対等に接するから。そうするから。

母が思い切り書いた言葉を、じっくりと読み直す。


「あんたなら出来る。生きる価値があるから。」

聴こえた。
今、母が喋った言葉。
鮮明に。たしかに聴こえた。
心が震える。振動が目に伝わる。

「ごめんあさい…ごめん」
自分の声は、聞こえなかった。
でも、たしかに聴こえた。母の言葉。

私は、思い切り泣いていた。

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♯2 タイトル未定

「今日はありがとうございました。つむぐと言いま
す。名前だけでも覚えていってください!」

今日も。手応えなし。
そして今日も、昨日とは違う駅にいる。

僕、春風紡は、毎日全国を回って、全国各地の大きな駅でライブをしている。
大きな駅といっても、建物に入らせてもらう訳ではなく、人通りの多い改札口の隅で路上ライブをする程度の小規模だ。
今日は、いつもより立ち止まって聴き入ってくれるお客さんが多かった。あと一週間ほど、ここでライブを続けよう。
ギターケースにアコギをしまいながら、僕はそんな事を考えていた。

毎日6時、会社の定時がくる頃、僕はライブを始める。
会社から帰る疲れた会社員の皆さんに届けるように、一曲目を捧げる。
買い物や、幼稚園のお迎え帰りの親子に楽しくなってもらうために、ギターを掻き鳴らす2曲目。
こんな感じで、時間帯で歌う唄を選んでいる。

僕が一番大切にしたいことは、人のために歌を唄う。人がいるから歌が唄えることを忘れないことだ。

なんて、かっこいいことを考えてみたけど、僕にも生活がある。
今は各地のネットカフェを転々としながら、貯金を切り崩して生活している。本当は、人の心配なんてとても出来ない現状なのだ。

でも、これからもっと頑張れば、誰かが認めてくれる。そんな思いを支えにして、今日も僕は唄っている。