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明日で卒業

在校生はコロナ対策の関係で卒業式に参加できない為、今日在校生に僕らの門出を見送ってもらい、そのまま卒業アルバムを受け取り、幼馴染とお互いに寄せ書き第1号を交換して今後も親友として付き合うことを約束しました。
今まで実感があまり湧いて無かった「卒業」の2文字が今日になって鮮明に浮かび上がり、帰り際、お互いの中学時代(学区は隣同士だが中学は別だった)や、小学6年の夏休みに彼と再会したイギリスのロンドン、その後に滞在したヨーロッパのこと、僕が作った世界史の資料、お互いの高校初登校日、それからお互いの家族の近況について語り合いながら下校し、最後に彼と初めて出会い、苦楽を共にした思い出の幼稚園を見ました。
幼稚園の外見は当時と変わらず、僕らよりも10年ほど前に卒園された先輩方が寄贈してくれた壁の絵もそのままで非常に感慨深かったです。
誕生日、幼稚園のかけっこと彼に先を越されたことは色々ありましたが、まさか大学進学まで先を越されるとは思っておらず、悔しかったけれど、彼になら先を越されても仕方ないと思うようになり、お互いの健康と明日,卒業式本番での再会を約束しました。

最後に、そんな幼馴染へのメッセージを書きたいと思います。

君も知ってると思うけど、俺は外遊びよりも家で本を読む方が好きで、幼稚園に入る迄は俺、友達が1人もいなかった。
でも,年中からと言えど君と同じ幼稚園に入って君が友達になってくれたおかげでお互いに家族絡みの付き合いが生まれて、その後ロンドンまで会いに行くことができた。
俺達が離れ離れになっていた9年間、色々なことがあったね。
俺は東日本大震災の後,卒園式直後に韓国の親戚の元に身を寄せたけど、俺が東京に帰った頃には君は区内の別の小学校に通うようになっていてひっそりとイギリスに飛び立ったね。
そして小6の夏休み、ほんの数十分だったけど、とある駅で6年ぶりに再会した。
その後君同じ高校を受けてお互いに受かってクラスメイトとして仲良くしてくれたことを覚えてるよ。
君とはそれ以降同じクラスになることは無かったけど、君が大学に受かったことは同じ幼稚園の仲間として、嬉しいよ。
合格おめでとう。
俺達は明日で高校卒業するけど、また高校の初登校日や今日の下校時みたいに笑顔で語り合える日が来ることを願ってる。
これからもよろしくな!

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みんな違ってみんな良い…筈なのに…

別に、俺は頭が良いわけではないし、今の流行についていっている訳でもない。
今の音楽に興味があるわけでも,漫画や小説にあるような「青春」に縁があるわけでもない。
ただ、俺には胸を張って言える特技がある。
それは、相手の人が英語か日本語に堪能ならば、俺は世界中の人とお互いの出身国や地域の話をすることができるということだ。
でも,別にそれは俺の頭が良いからではない。
みんなに分かり易く例えるなら、「自分が『好きな人に相応しい自分になるために垢抜けたい』という気持ちがあった」というだけの話さ。
ただ、俺が「垢抜けたい」という思いを実現する為に使った手段がダイエットとか化粧品、SNSでは無くて歴史や地理、国際法といった学問の分野であるというだけのことさ。
ただ、そのせいで俺は同年代との間で話が合う人がほとんどいないし、大規模にガツンと話し合える人が周りにいないことが悩みの種だ…
この悩みってどう解決すれば良いのかなぁ
どうすれば良いんだよ…
想い人のあの娘はSOLに縁がないせいか反応してくれないし、今直接会ったり連絡したりできる間柄の仲間って鉄道ファン仲間しかいないからなぁ…
俺ってメンタルの弱さを歴史上の事柄を引き合いに出して皮肉にしてカバーしてたけど、中々通用しないからなぁ
誰かアドバイスくれないかなぁ

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引退する東京都交通局5300形へ

僕が生まれる前からずっと東京の鉄道ファンの憧れとして走り続けてくれて、そして海外に行く機会が多くて羽田へ行く時にも京急に直通して羽田空港へ、そして失恋した時に傷心で行った浅草や横浜へ僕を運んでくれて辛い時の心の支えになってくれたことや思い出を乗せて走り続けてくれたこと,今でも忘れていません。
本当にありがとうございました。
京急からドレミファインバータの車両が全て消えた後も制御機器の独特な音を響かせてくれた貴方は都営地下鉄ファンのヒーローです。
その奇妙な音から「白い悪魔」と呼んだことを引退前の今、謝ります。
本当に申し訳ありませんでした。
1994年7月からのロングラン、お疲れ様でした。
同期や先輩、そして後輩も旅立ってしまっても、最後まで残って健気に東京の地下を、神奈川県の海の近くを、そして千葉県の大地を走り続けた貴方の勇姿は絶対に忘れません。
貴方がデビューしてから10年経った年のある日,僕は貴方の職場から少し離れた東京の一角で,貴方と軌道幅が同じ大江戸線と関係のある、とある町で生まれました。
それから少しして,東京メトロ副都心線の開通を見に父親に連れられて行った東新宿駅のホームに貼られていた羽田空港の宣伝で飛行機の翼が生えた貴方の画像を見て「浅草線、カッコいいね」と父に語りかけた日を昨日のように覚えています。
あの画像はもう貼られていないけれど、ある時無性に恋しくなって東京中を探し回り、成就しなくて泣きながら帰り際に貴方の後継車両に当たる新型車両に乗り込み、降りる予定の駅で対向ホームに貴方が止まっていたことにショックを受けて翌日寝込んだこともありました。
ともかく,貴方が28年間走り続けたこと、まだ幼いのに震災に伴う節電で辛い思いをしている子供達に、運用を減らされながらも走り続けて勇気を与え励ましたことは素晴らしいです。
そして、僕も貴方の姿に勇気と希望を与えられ,大変な時期を耐え抜いた男の子の1人でした。
貴方をヒーローと同一視したあの小さくてふくよかな男の子は成長して18歳になり,貴方と同じように高校という運用から卒業します。
東京の後輩として、最後に一言言わせてください。

大好きな浅草線のお兄ちゃん、僕の成長を見守ってくれて,僕が高校卒業するまで引退を待って1人で寂しい中走り続けてくれて本当にありがとう!