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いい人のレッテル

こんばんは!radikoで月曜日の放送を聞いていて「いや分かる〜」とか「うんうん、直せないよねー」とかすこぶる共感している高校1年生です。私も物心ついたときからいい人レッテルがあります。中学生のときはこのレッテルのせいでたくさん苦しんで、経験しなくていいこともたくさん経験してきて、自分のことがすごく嫌いでした。しかし、高校生になり放送部に入って番組を作り始めました。(先日の大会でいろいろあったので、今度詳しく掲示板に書きたいなー)
その中で自分がいい人である分、いろんな人の気持ちを考えることが出来ます。大人の目線とかプレッシャーとか友達からの見え方とかレッテルを意識している分、誰にも見えない世界が私たちの前には広がっています。この世界のおかげで私は番組の新しい視点を見つけ、面白い視点の番組を作ることができました。こんないい人はレッテルがあるからみんなより抱えなければいけないものは多いけど、レッテルがあるからこそ見える世界もあると思っています。それに気づいたとき、自分だけ特別なものを持っているような気がして少しだけ誇らしくなりました。
もし、自分のレッテルが嫌いならレッテルをサングラスのように例えてみてはどうでしょう?他の人にはサングラスのない世界しか見えないのに、私たちにはどちらの世界も見えてくる。これは、少しだけレッテルの良い所に思えませんか?
と、最近気づいたことを残しておきます。

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こもり校長

久しぶりに掲示板を動かしてみました。
高校生になり早7ヶ月。学校毎日忙しすぎてなかなか学校にこれませんでした。受験生が終わったらたくさん聞けると思ったのですけどね。でも毎日校長・教頭が何も変わらずここにいるって分かるから、今日出会った生徒と楽しいときを過ごしているって分かるから足を運べなくても悲しさはありませんでした。
そして「大切なお知らせ」という授業テーマを見たとき「これはリアタイしなきゃ」と久しぶりにradikoを起動させました。そして校長の退任。正直なことを言うとなんとなくそんな気がしていました。校長はどんなところにいても笑顔を振りまいて周りの雰囲気を明るくできる人です。だからいろんな人に好かれ、学校が終わった数時間後にはメガネかけていたりセンター分けで盛り上がっている。相当大変だろうなと思っていました。だから昨日の放送は「そうなんだ。。」というシンプルな感情だけでした。しかし今日1日考えてみると「こもり校長が退任する」ってめっちゃ悲しいことじゃんと思いました。もう「初夏・中夏・終夏」と言ってる声が「木綿豆腐メンタル博士?専門家?」と言っている声が「また明日も会うよ!明日は来るよ!」と言っている声が聞けなくなると思うと。。(・ω・`)
どれだけ校長の声に安心感を抱いていたのかを実感しました。
残り100日。(もう99日なっちゃった)長いようで短いようででも必ず訪れる日。訪れさせないといけない日。学校に何回来れるかも分かりませんが、少しでも校長の幸せが感じられるようにしていきたいです。これまでたくさんの人と出会い・別れを経験してきた校長だからこの100日間を適当に過ごすわけありません。これからも変わらず声を届けてください。寒さにやられて会えなくなる日が減らないようにどうかお身体にも気をつけて。ヾ(๑╹◡╹)ノ"

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今、がんばり何キロ地点?(裏)

「表」は私の表の部分、ここには裏の姿も出させてください。約1年間2週間に1回以上は書き込んでいた私の掲示板が5月5日を最後に動いていません。「天国に呑まれないように頑張ります」と。何度も呑まれそうになりました。毎日忙しすぎて自分の体のことなんて二の次でした。誰のことも頼れなくて涙腺が弱くなりました。私のペースは他の人より遅いことをすごく実感しました。でも走っているはず。今40キロ地点です。どこか光が見えそうな地獄が見えそうな天国が見えそうな。。あと12キロがすごく長いです。この42キロを乗り越えれば何か殻が破れてうまくいくのではないかと思っています。
毎日しんどすぎてあまり笑えてなかったある日。ふとスクールオブロックをかけました。存在は覚えていたけど聞いたのは1ヶ月ぶりくらいでした。笑えました。この前と何も変わらず校長・教頭がいて、KGBが働いていて、よくわかんない話で笑えてきて。。 まだいけるかもと思えました。まだ笑える心があるなと思いました。これからもきっと長い道のりです。ここで毎日同じ苦しみを嘆いてるかもしれません。それでも生きなきゃいけない。 この苦しみを耐えられるように頑張ります。