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オセロ

「寒い?」
「ううん。」
「暑い?」
「何もわからない。君って誰?」
「僕にもわからない。でも、僕と君はよく似てる」
「なんで分かるの?君は自分の顔がわかるの?」
「わかるよ。この部屋にはないけど、僕は鏡を見たことがある」
「カガミ?」
「知らない?世界を映してくれるもの」
「わからない。でも、いいものなんだね。カガミがあれば世界を見渡せるんだもの。」
「うーん…ちょっと違うかな。でもひとつ言えるのは、鏡に映る自分は左右反対の顔をしてる。」
「反対に映るの?」
「そうだよ。」
「じゃあカガミは嘘つきだね。」
「そうでもない。今見えてるものだけが正解ではないし。その気になれば正解なんてクルクルひっくり返せるからね」
「オセロみたいに?」
「そう。周りが黒になれば黒になるし、白になれば白になるんだ」
「オセロみたいだ!」
「そうだね。でも本当は、黒と白意外にもいろんな色があるんだよ」
「へぇ…君の世界はいいね。いろんな色が見えて。」
「そうかもね。ところで、この黒の白の薬は何?」
「わからない。でも。ほんとに黒と白かな?」
「さぁね。モノクロだからわからない。もしかしたら紺とピンクかも。茶色と黄色かもね」
「やっぱり、君の世界は羨ましいな。いろんな色が楽しめて」
「見たくない色も沢山あるんだけどね。」
「ねぇ。オセロ、する?」

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AIUEO

「汚いねぇ人間は」
「そういうお前も人間のくせに」
「考え方によっちゃ、俺は人間じゃない」
「は?」
「例えば俺は嘘をつかない」
「でもお前は飯を食う」
「俺は服を着てない」
「でも体毛で覆われてない」
「それに何より、大切なことがわかってる」
「大切なことしかわかってないんだ。無駄こそ美学なのに」
「じゃあいまテレビで流れてる嘘と無駄ばっかりの国会中継は美しいか?」
「…ううん」
「まぁ、とにかく俺は人間じゃない」
「でも、人と人の間に生まれたんだろ」
「まぁそうだな」
「なら人間だろ」
「いいや、人間じゃない」
「…あっそ」


「黙るのは得策かもな。見てみろ、テレビの中のおじさんもさっきから同じこと言ってばかりで結局黙り込みと同じだ、これなら真実はわからないまんま、やり過ごせる」
「強情な嘘つきは人間と認めないことにしただけだよ」
「強情な嘘つき?俺は汚職議員かよ」
「汚職議員も人間とは認めないことにした」
「随分とアヴァンギャルドな思想だ」
「それより、さっき言ってた大切なことってなに?」
「あいうえおの音だ」
「は?」
「当たり前に使ってる(あいうえお)って音だよ、あれがなくちゃ何も生まれない」
「なんだよ、そんなことか」
「そんなこともわからなかったお前は立派な人間だな」
「人間…か」


僕は人間であることを一瞬恥じた。だが、向かいに座った全裸の男を見て、こうはなりたくないと強く思った。
時計が鳴った。12時だ。


「それじゃ、おやすみ人間くん」
「まだ昼だぞ?」
「昼寝の時間だ。人間と違って俺は昼も寝る」
「あっそ…。あ、そうだ」
「なんだ?」
「名前を聞いてなかった、お前名前は?」
「人間じゃないから名前は無いな」
「なんて呼べばいい?」
「じゃあストライプで」
「なんだよそれ」
「なんでもいいだろ」
「あっそ。それじゃ、おやすみストライプ」

2

天使とデート後編

「さ、行きますか」
 わたしは天使に手を取られ、天に昇った。
「結局死ぬまで彼女ができずじまいだった。せめて死ぬ前に女の子と一緒にどこかに行きたかったな」
「わたしでよければ」
「ぐいぐい来るな」
「時間は半日いただいてますから。引き返しましょう」
 天使はそう言って、微笑んだ。美しかった。

「やっぱり肉体はいいな。魂だけだとふわふわしてしまう。君、その翼はどうにかなるのか?」
「収納できます」
 音もなく、翼が引っ込んだ。
「さて、出かけるにしても、その格好じゃ寒いかな」
「大丈夫です。温度は感じませんから」
「もうすぐ春とはいえ、ノースリーブのワンピースいっちょうじゃ目立ってしょうがない。わたしのスウェットとトレーナーを貸そう」
 天使は躊躇することなく、ワンピースを脱いだ。ワンピースの下は、なにもつけていなかった。身体は、人間の女性のそれと変わらなかった。ブレザーを羽織ると、少しはよそ行きに見えなくもない感じになった。
「どこに行きますか。もうあまり時間がないので遠くへは行けません」
「鎌倉に行こう」
 

 神奈川県に来て初めて江ノ電に乗った。神奈川県に住んだらいつかは乗るのだ。死後に乗るひとはいないだろうが。
 カフェに入り、グリーンティーを飲んだ。天使に、味覚はあるのかときいたら、においはわかるとこたえた。
 カフェを出てぶらぶらしていると、いつの間にか天使が消えていた。さすが天使、瞬間移動かと思ったらマダム向けの洋品店のウィンドー前でバッグを眺めていた。
「よかったら、プレゼントするよ」
「そんな……悪いですよ。わたしはただ、このピンクがきれいだったから見とれてしまって」
「そんな安もの、わたしにも買えるよ。プレゼントしよう。あの世に金は持って行けないからね」
 それから銭洗弁財天に行き、高徳院に行った。瞬間移動で。

 部屋に戻ると、デートなどしてしまったぶんかえってこの世に対する未練が込み上げてきた。
「あの、バッグ、ありがとうございました」
「いやいや。じゃ、行くか」
「それじゃわたし、これで失礼します」
「えっ?」
「あなたのことは、上になんとかかけ合ってみます。またいつか会いましょう」
 天使はそう言うと翼を広げ、天に帰って行った。白いワンピースを残して。

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