表示件数
1

コロナ前最後の帰省

学校の終業式を終えて帰宅し、既に纏め終わった
荷物を持ってNRTに直行し
2時間のフライトを終えて親子3人
仁川国際空港第二ターミナルに降り立った
平昌オリンピックの前後だったな
オリンピックのマスコットがお出迎え
親父数日後に合流の予定
到着は夜の9時前後
空港鉄道で二駅ほど
ウンソ駅前のホテルに1泊
クリスマス前後の夜、非常に冷え込むので
駅の入り口側の食い物屋で串刺しのおでんとその場で蒸してくれる水餃子を人数分一パックずつ注文して部屋で窓から見える列車を見ながら食べる
一夜明け、叔母の住むソウルへ
しばらくは叔母の家に泊めてもらうことに
その後,母の郷里の田舎町へ向けてソウル駅へ
客車の窓が四角い客車列車の急行ムグンファ号南行麗水EXPO 行き
ソウル駅を出てからおよそ数分,龍山を過ぎたあたりで凍った川にかかる鉄橋を渡る
そう、この川は俺にとって思い出に残った出来事が多くまた韓国有数の大河として有名な漢江だ
そして、永登浦を過ぎるとソウルの郊外へ出る
世界遺産の城として有名な城のある水原に着く
懐かしいなぁ
この地にある世界遺産のファソン(華城)には家族4人で行ったことがある
台風のせいで華城列車という移動手段が使えなくて山のように建つ城壁の頂上から歩いて入り口まで雨の中傘もなく下りたのはいい思い出さ
そんな思い出の町を過ぎ、祖父母と俺と母さんとまだ幼稚園児だった弟と海を見に行ったアサン(牙山)の街まで南下して来た
ここまで来れば、禮山の町はすぐだ
大型の温泉保養施設で夏にはプールもやってる大型施設のパラダイススパの最寄り駅、道高(トゴ)温泉までやってきた
ここの駅は昔移設された経緯があって今の位置にあるそうだ
旧駅跡には廃線跡を活用したレールバイクの施設で親戚一同集まって遊んだっけ
そんな今までの母方の実家へ帰省した時の思い出に浸る12歳の日韓ハーフの少年、
目的の駅に着くまであと数分ということで下車準備をする弟,迎えの親戚から駅に着いたと連絡を受けた母親の3人を乗せてムグンファ号は田舎町、禮山の中心地から一駅手前の駅に着いた
数日後、親父を迎えにソウルの玄関口と言える空港に向けまた北上する
今度は客車の窓が楕円形のセマウル号が親子3人と故郷からソウルに戻る若者を乗せて北へ向かう

1

乗ってた時間こそ短いが

家族4人,2回台湾の地を踏んだ
1回目は、台湾の成田空港と言っても過言ではない桃園の飛行場から台北へ
2度目は、小港飛行場こと高雄国際空港から高雄市街へ
どちらもタクシー移動がメインだったけど、高雄と台南の往復の移動で乗った自強号や花蓮からの帰りで乗ったタロコ号、市街地の移動ではMRTの地下鉄は今でも記憶に残ってる
歴史の街,台南と港湾都市の高雄はかなり近いけど観光客も通勤客も運ぶ重要区間
島の西海岸にあって南端に近い中で1番栄えている港が高雄、そのやや北にあるのが歴史の街
まるで京阪間みたいだな
車窓も大都市とベッドタウンを結ぶような風景さ
タロコ号の沿線は、原住民が今も暮らし、国立公園があるタロコの山から流れた川が生み出した綺麗な海岸線がしばらく続く
海の反対側には山がそばにある関係で車窓はまるで伊豆みたい
いつか彼女ができたなら
見せてやりたいこの車窓
鈍行列車でノロノロと
乗れば海の風景を2人で独占できるはず
高雄の空港降りたなら
まずは地下鉄
北に行き
君に見せたい美麗島
駅の改札の天井は
ステンドグラスの装飾が
俺も一度は行ったけど
忘れられない美しさ
今もスマホの待ち受けに
そこから一駅
高雄駅
自強号で1時間
台南越えたらすぐに着く
嘉義の街にも行きたいな
不屈の闘志を示した高校の
球児が過ごした街なのさ
お茶の山地で有名な
阿里山行くにも都合がいい
そのあとガオティエ乗り込んで
着いた駅は
台北だ
ここはよく混むターミナル
だから俺の手離すなよ
MRTの赤線で
着いた駅は101
あの有名な
観光地
タワーから見る街の夜景
美しいこと間違いなし
台湾の
古い呼び名はフォルモサで
美しい島という意味の
ポルトガル語が由来だよ
自然と歴史,多様な文化が織りなして
できた魅力が溢れてる
島より素敵な君だけは
絶対手放す気はないよ